2019.08.23

特別史跡となった名古屋城 〜後世に蘇った技術〜

XT1200ZE



城巡りツーリングで関東・東北地方と旅をしてきた。今回の目的地は、1952年(昭和27年)、 国内屈指の城郭として国の特別史跡に指定された「名古屋城」に決めた。
観光地としても人気の高い名古屋城内の、戦災後に復元された本丸御殿をしっかりと目に焼き付けておきたい。
 


 
名古屋城へ行く前に、この土地ならではの名物をいただいておこう。
名古屋といえばたくさんの名物があるが、その中でも味わいたい一品は、「ひつまぶし」だ。
新たな土地で XT1200ZE Super Ténéré(スーパーテネレ)を走らせると、よりワクワクする。
 
 

 

 
 
東名高速道路から名古屋城方面へ向かう。黒川料金所で降りて走ること約5分。
 

 
 
ひつまぶしの名店「しら河」に到着。
誘導員の方がお出迎えしてくれるので、初めてでも安心。
 

 

 

 
 
店内にはたくさんのお客でいっぱいだ。これは美味しいに違いないと期待が膨らむ。
人気メニューの「しら河のひつまぶし」と名古屋名物の「手羽先」を注文。
 

 
 
甘すぎないタレが絶妙な手羽先と、蓋を開ければフワッと香ばしく香るなんとも豪華なひつまぶし。
まずは、何もせずそのままいただく。
 

 

 
 
脂の乗りも丁度良く、焼き目も香ばしい味わいに心が躍るようだ。
次はダシと薬味を乗せて一口。自然と箸が進む上品な美味しさが広がる。
 

 
 
また名古屋に来た時には、立ち寄りたい食事処になったのは間違いない。
贅沢なランチの後は、いよいよお目当ての城に向かう。
 

 
 
木漏れ日の中を歩くと、名古屋城の正門へたどり着く。
 

 
 
名古屋城には専用のバイク駐車場に止め、名古屋城内へ。
平日ではあるが多くの観光客で賑わっている。
 

 
 
現在の名古屋城二之丸付近には、那古野城(なごやじょう)が築かれていた。
那古野城は1521〜1524年(大永年間)に、今川氏の一族が城を築いたとされており、のちに織田信長が初めて城主となった城だという。
関ヶ原の戦いに勝利した家康は、1610年(慶長15年)に名古屋城の築城を開始した。
 

 
 
創建時のまま現存する3つの隅櫓(すみやぐら)は、重要文化財に指定されている。 大正期に修復されたため、菊紋の鬼瓦、煉瓦が用いられている。
二階西面と南面には、三角形の小型の屋根である千鳥破風(ちどりはふ)と敵を攻撃するための石落としがある。
 

 
 
城内の石垣にはよく見ると、苦労して運んだ石を他家と区別するために大名が付けた刻紋を見ることができる。
探してみるのも面白いかも知れない。
 

 

 
 
さらに奥へ進み、本丸御殿へ。
1945年(昭和20年)空襲により焼失してしまったが、残されていた記録物や図面などにより、2009年(平成21年)から復元工事を開始した。
 
目の前に現れたのは、本丸御殿を訪れた人が始めに通され、対面を待つ場所である。
※遠侍(とおざむらい)と呼ばれた建物。
 

 
 
少し緊張しながらも本丸御殿へ足を踏み入れる。
 

 
 
当時の色彩を忠実に再現する復元模写作品が見どころ。煌びやかな色彩や構図がなんとも美しい。
 
◆本丸御殿玄関 虎之間
 

 
 
◆対面所
対面所は、藩主と身内や家臣との私的な対面や縁石に用いられたそうだ。
 

 

 
 
部屋ごとに異なる題材で描かれており、次々と変わって行く様が面白く、訪れる人々を楽しませている。
 
◆鷺之廊下
 

 
 
◆上洛殿 一之間・上段之間
 

 
 
◆上洛殿 三之間
 

 
 
天井など目の届きにくい部分もこだわっているのが分かる。
 
◆梅之間
 

 
 
瞬きすることを忘れてしまうような空間に包まれながら、本丸御殿を後にする。
カラッと晴れた空の下でそびえ立っているのは、天守閣だ。
 

 
 
1945年(昭和20年)戦災により焼失したが、戦後に市民の多大な寄附により鉄骨鉄筋コンクリート造の建造物として再建された。
しかし、設備の老朽化や耐震性の確保などの問題がある為、現在は閉館中。
 

 
 
あの高い場所から見える景色はどんな眺めなのだろう。
当時の名古屋城に最新技術が盛りこまれた作品の数々も、一度は消えかけてしまった。
だが、人々のパワーや想いが込められ、創りあげていく力が現代に繋がっている。
 

 
 
新しく進化した天守閣へ訪れたその時に感じるのは、一体どんなことなのだろうか。
それまで走り続けよう。相棒である XT1200ZE Super Ténéré(スーパーテネレ)と一緒に。