ホームプレストマガジン > 難波恭司のおでかけ★YZP&PRESTO Racing report
チーフエンジニアと共に

やったよ!

遂にその瞬間がやってきた!サーキット・アナウンサーは、波乱のレース展開を理解しきれず、周回遅れの順位などが絡んで計時もムチャクチャとなり、サーキット全体がレースを理解できなくなっていた。そんな中、YSP&PRESTO Racing のピットは大歓声と共に感動の渦にまみれていたのだった♪

レースウィーク

今回のレース、事前テストを昨年の8耐パートナー「吉川和多留」選手と共にマシンのセッティングを探り、かなりの感触を掴んでいたようです。もちろん吉川選手のライディング・アドバイスも心強い味方となっていた事は言うまでもありませんが、その甲斐あってレースウィークの金曜日フリー走行ではトップタイム !いよいよ'04 YZF-R1の本領発揮か?と、ライバルチームも一目を置く存在となっていました。
テストからずっと心配そうに付き添い、コースサイドで観察してはアドバイスを繰り返し、次回「鈴鹿300kmと、鈴鹿8耐」のパートナーとして決定した吉川和多留選手は、その相棒である「中冨伸一選手と'04R1」をじっくり観察していたのです。

予選は晴れのドライ。日中は日差しも強く、初夏を思わす日和。午前の予選1回目では総合3番手に付け、フリーに続いて好調である事を証明してみせましたが、気になるのは前日マークしていたタイムに達していなかった事。土曜日の予選になって「井筒選手」はコースレコードをマークしており、決してコンディションが急変したとは思えず、ここ筑波サーキットでの0.1秒の重みを知る者として見守ったのですが・・・。
午後の予選2回目。予想に反して多くのライダーが思ったようにタイムアップしない中、スタート位置がレースの行方を左右しやすい筑波なので、僅かでも必死でタイムを削ろうと「無理をすればロスに繋がりやすい」ジレンマと戦っていた中冨選手でしたが、なんとか0.1秒縮めたものの5番手。同じYZF-R1に乗る「大崎選手」がフロントロー3番手獲得と、トップから一秒以内に11人がひしめく大混戦。結局「渡部選手」が昨年のコースレコードを上回りポール・ポジション獲得!となりました。
中冨選手も思い描いていた展開とはならなかった為、問題点の洗い出しや決勝へ向けての気持ちの入れ替えなど、いつも以上に今回のレースへ掛ける意気込みを感じましたが、あとは日曜日の天候が気になるところ・・・。伝えている天気予報では降水確立50%で五分五分。筑波はここでも独特で、雨が上がってしまえば直ぐに乾きはじめるという特徴があります。それがいつもレースを難しくするのですが・・・。

そして日曜日!

残念というか、恵み?というか、夜半過ぎから雨は降り出していました。ですが、「雨」というより「雲の中」という状況で、恐らく地上と雲の境界線がないくらいだったと思われます。時折「雨粒」らしいものはあるものの基本的には霧雨。しかも降ったり止んだりを繰り返す不安定な状況。
朝のフリー走行では完全ウエットでコースインしたものの、1周が短い筑波は「ひっきりなし」にマシンが通過するため、途中から走行ラインだけ見る見る乾く事に。こんな中でトップタイムをマークした中富選手は、決勝レースに向かって大きな自信を取り戻していました。

直前に行われたST600クラスでは、ヤマハYZF-R6の「沼田選手」が優勝。ここでもレース中は走行ラインだけドライになるという難しい状況でしたが、YZF-R6のコントロール性が激しい争いを助けたようです。もちろんボロボロになってしまった「レインタイヤ」を見れば、その大変な状況は理解できましたが・・・。

いよいよJSB1000クラス。スタート前の状況は全く変わらず、相変わらずの「霧雨」ウエット。しかもコースイン開始時点では、やや強くなる始末。多くのライダーがスリック(ドライ用タイヤ)やカットスリック (やや溝付き) をチョイスしてグリッドに向かったものの、コースチェックしてグリッドに着いた時点で「レインタイヤ」へ変更。実際かなりの霧雨状態だったので、フルパワーの1000ccマシンでウエット路面をスリックタイヤで走ることのリスクは避けたいのが心情。と・こ・ろ・が!中富選手とチームスタッフは、これまでの経験からレース後半を「ドライ」と判断し、「スリックタイヤ」のままでレーススタートを決断したのです!
レーススタート。案の定、トップグループはレインタイヤ装着ばかり。スリックタイヤを選択しているライダー達は、あっという間に後続に飲み込まれ、レース中盤までには周回遅れになってしまう。こんな中、中冨選手は必死で我慢のライディングと、自信にあふれたマシンコントロールで濡れた路面をスリックタイヤで格闘し、何とかトップと同一周回数を確保していました。ポジションは15位。この時点では、ハッキリ言ってスリックは失敗だった・・・と、殆ど諦めなければならない心境だったのです。しかし、このレース展開をS字で見ていた私は、コースのライン上が白く乾き始めている事に気付き、終盤のラップタイムが3〜4秒上回ればトップに追いつく可能性もある!と想像し、その後の展開を期待して見守りました。
それからの状況は目まぐるしく、周回遅れになっていたスリックタイヤ装着の「伊藤選手」がトップを行く「井筒選手」を抜いて同一周回まで戻し、同時に中冨選手も強烈な追い上げを開始していました。もちろん始めに触れた「サーキット・アナウンス」や「順位チャート」もデタラメとなっており、レース状況をしっかり把握していた者でないと、同一周回数がどこまでで、順位はどうなっているか?は、理解できなかったようですが、今回のサーキット・アナウンスとラップ集計はレースを盛り上げるためには大変残念でしたね。本来ならば「とんでもない」状況を伝えられたのに・・・。
着実に、そして果敢に激しくトップ「井筒選手」を追い上げた「中冨選手」。いよいよ向かえた最終ラップ。S字で直後に付けるまで追い上げに成功しており、立ち上がりで並走して視界から消えたのを確認し、私は間違いなくトップで最終コーナーを抜けてくる瞬間を信じてピットに走りました。サーキットのアナウンスは相変わらず混乱中。しかし自分達の集計では間違いなくトップである事から正式な発表が出る以前からチームは大爆発♪当の中冨選手は全くこれを知らないままピットに戻ってきたようですが、それだけライディングに集中していた・・・という事なのでしょう。

レース後のチームは想像通りです♪泣きじゃくるものあり、歓喜に溢れるものあり・・・本当に「チーム力」として成し得た勝利だったのは間違いありません。状況を判断し、自分やチームを信じてレースに集中した結果が、今回のような最高の結果を導いたのですね。良かった・・・。これを弾みに、更なる飛躍を期待しましょう!!

続く鈴鹿300km

今年は全日本選手権から外れた「鈴鹿300kmレース」ですが、今年は5月30日開催となっています。もちろんこのレースは恒例の「8耐」前哨戦という位置付けであり、昨年までは1人で200kmだったレースを2人で300km走るレースにバージョンアップされたもの。今回の本文でも触れましたが、昨年の8耐パートナーである「吉川和多留」選手が同様にペアを組む事となり、レースへの期待も倍増です♪
マシンも全日本で使用しているマシンから耐久仕様へと変更され、スプリントと耐久の要素を持ったマシンとして登場しそうです。今までにないスタイルのレースとなりそうですから、これはこれで興味があるとろ。まだ梅雨前である事を祈って♪是非サーキットへの応援をお願いしますね!

[update:2004/5/20]

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日曜日は雨・・・
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路面確認に、いち早くコースイン
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どんなコンディションでも対する用意
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アドバイス中
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そして準備は着々と
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こいつが凄いんだ
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レースに集中
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選択はスリックタイヤ
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グリッドでは霧雨が降り続く
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路面は必ず乾く
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タイヤウォーマー電源
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スタート
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嬉しい優勝
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シャンパンファイト
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遂にポディウム中央へ
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次戦、鈴鹿で登場です

難波恭司プロフィール

1963年3月8日生まれ
'81 18才で草レースを始める/'83 ノービスライセンス取得/'85 鈴鹿4h耐久レース 3位/'86 国際A級昇格 ヤマハ契約/'87 TZ250の開発テストに携わりながらレース参戦始まる/'92 ファクトリーマシン TZM250開発テストに携わる、全日本選手権 初優勝 250cc/'96 GP500マシン開発テスト携わる/'98 代役としてWGPのGP500へ年間 5戦参戦 鈴鹿では予選2位 決勝5位/'02 現在はモータースポーツ普及活動など、モーターサイクルの「伝道師」として活動中。特に今年は'07YZF-R1でレース参戦を計画中。
ライダープロフィール

中冨伸一 (なかとみ しんいち)

1978年 10月 30日(24歳)血液型 A 型
'96年: 九州選手権GP250ccチャンピオン/'97年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング15位/'98年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング11位、西日本エリア選手権GP250ccチャンピオン/'99年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング4位/'00年: 全日本選手権国際A級GP250ccチャンピオン/'01年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング11位/'02年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング8位