ホームプレストマガジン > 難波恭司のおでかけ★YZP&PRESTO Racing report
元GPライダーの上田さんがテレビ取材

準備時間との戦いとなった各陣営

3月28日、国内レースの開幕戦となる「鈴鹿2&4」が開幕。毎年このレースは2&4という名前の通り、2輪の国内最高峰JSB1000と、4輪のフォーミュラ最高峰となるフォーミュラ・ニッポンが同時開催するビッグイベントであり、両種の観客が集う事で大変な賑わいを見せる。特に今年は、例年行われていた「MotoGP」が鈴鹿サーキットで行われない事から、開幕を待っていたレースファンも春の暖かな陽気に誘われ、決勝当日は34,500人が詰め掛けた。

「YSP&PRESTO Racing」は、今年も「中冨伸一」選手と共に、NEW Modelである'04 YZF-R1で参戦♪まだ、生まれたての「こいつ」を更に戦闘力を増すべくチューニング、そして国内トップカテゴリーでの活躍を誓っている。

今回の開幕戦。実はヤマハ陣営だけでなく、多くのチームが準備不足を嘆いていた。御存知のように、ヤマハはNEW ModelとなったYZF-R1。そしてホンダ、カワサキも同様なモデルチェンジから新しいマシンを投入して来ており、セッティングのデーターもこれから・・・という状況。
トップカテゴリーのレースとは言え、市販車の改造クラスである事は変わりなく、各チームもストックの車両(工場から出荷されたノーマル)から保安部品を外し、軽量化やキットパーツの装着を含めたレース用に改造する必要がある。これは生まれながらにしてレーサーである「TZ250」などとは大きく違って大変な時間と手間が掛かるものだ。
またエンジンに関しても、いったんバラバラにして各部のモデファイ、そして精密に組み上げる作業からエンジン・ベンチでの慣らしや性能確認、これらを同時進行しても時間は簡単に過ぎて行くもの。実際のシェイクダウンから今回のレース開催まで僅かしか走行が出来なかったチームも多かったが、これは金曜日のフリー走行を見ていても、走行の合間にゼッケンを作っていたり、カウルのカラーリングが間に合わなかったチームなどから簡単に見て取れた。

フリー走行〜予選

天候は穏やかな晴。金曜日のフリー走行は、やや風が強くストレートは追い風なのだが実は走りにくい。ストレートが追い風なのでとトップスピードは当然伸びる・・・という事はブレーキングポイントは手前にならざるを得ないが、追い風のためブレーキを掛けても止まりにくいのだ!そして1コーナーへとマシンを倒し込んでも、今度はコーナーの内側から風により押し出されるような事となり曲がりにくい。鈴鹿の場合、そこからのS字区間はずっと登りなのだが、今度は逆に向かい風となる為、この区間は風の抵抗を受け続けてしまう事になる。
まだまだテスト時間が少ないライダー達には、貴重なフリー走行なのだが、こういった不利な条件ではマシンの挙動に微妙な変化が出てしまい、思うようにマシンセッティングが進められない事もある。そして何より今年の鈴鹿サーキットは、ヘアピン先の高速コーナーの安全性向上のため、2輪専用の「シケイン」が設けられている事から、こちらの攻略も考えなくてはならない・・・。
そんな中、今回のレース前に一度だけ鈴鹿でテスト出来ていた中冨選手は、テストでの自己ベストを更新してフリー走行を終了。だが昨年のチャンピオンであるスズキ勢、そしてシーズン・オフのテストを精力的に進めていたホンダ勢の仕上がりは一歩進んでいるようだ。

向かえた予選。風は更に穏やかになり、小春日和であった。午前40分間、午後40分間という予選時間であるが、レギュレーションによりレースウイークで使えるタイヤは3セット。必然的に1回の予選は1セットとなるので、午前の予選は最初にアタックした後は決勝レースを想定したセッティングを進める事に当てられる。
さすがに1000ccクラスのパワーではタイヤの負担が大きく、NEWタイヤでコースインしても本来のパフォーマンスは4〜5ラップ程度。そこからのラップタイムは、ライダーのテクニックとマシンセッティングで大きく変化するので、実質多くのライダーがピットインとセッティングを繰り返すセッションであった。
今回のレースは67台のエントリーがあり、その台数の関係からクラス分けがされており、中冨選手はBグループ。予選1回目が終わった段階のAグループ、Bグループの総合は12番手。トップの山口選手からは、約2秒の遅れとなっていた。

午後の2回目予選。午前中に使用した「USEDタイヤ」でコースイン。これは変更したセッティングの確認もあるが、先に述べた「タイヤの使用本数制限」の関係から午後の予選も実質ワンアタックとなる為、ペースを上げて行った予選セッション後半で、残りのNEWタイヤを投入!という、セオリーを守っての作戦。
中冨選手は、残り10分程度となったところでピットイン。タイヤウォーマーで暖められ用意されたNEWタイヤに履き替え、アタックへ向けコースイン。チームスタッフが見守る中、自己ベストを1,3秒更新して総合10番手。トップとの差はまだあるものの、着実にステップアップしている事を証明してみせた。

決勝レース

日曜日は更に気温も上がり、心配した風も弱く、しかもストレートは若干の向かい風・・・という、コンディションとしては走りやすい方向へと変わっていた。
午後となったレーススタート。開幕という事もあるが、どのチームも不安が隠せないのか?大勢がコース上のグリッドを埋め尽くし、大変な賑わいであった。
グリッド3列目左から2番目。「前を狙うには悪くないポジション」と、自分に言い聞かせていた「中冨選手」。私はいつものようにグリッド真横の位置で彼のスタートを見守った。
シグナル赤が消えてスタート!MotoGPと同じ方式となったシグナルはライダーに若干の戸惑いを見せたのか?クラッチミートを誤る選手もあり、やや出遅れる上位選手もいた。中冨選手も同様で、ややクラッチミートの瞬間に繋ぎ過ぎたように見え、その後クラッチコントロールしているようだった・・・そして1コーナーへ各車が差し掛かった時、サーキットには絶叫が響いた。
スタート後の1コーナーでは多重クラッシュ。何とか中冨選手は難を逃れたが、トップは序盤からハイペース。やはりマシンの仕上がりが良いスズキ勢と、シーズンオフのテストを走り込んでいるホンダ勢の4台がトップグループを形成。そして中冨選手は10位走行からポジションアップを開始した7周目ヘアピン。争っていたマシンが後ろで転倒し、そのまま足を「すくわれ」、左後方の内側から来た転倒車両に覆い被さる形で転倒・・・。ピットまで戻ってきたものの大変残念なリタイアに終わってしまいました。

ここまで充分なテストが出来ていた訳ではないものの、新しいマシンを早くセットアップし、大幅にポテンシャルアップをしているYZF-R1の真価を発揮させて欲しいところ。今回の鈴鹿では大変悔しい思いをしたもの確か。だけど課題もたくさん残っているので、次回4月25日の大分オートポリスでは、その「うっぷん」を晴らして欲しいと思います。
あっ!そうそう、鈴鹿での各マシンのトップスピードですが、予戦中に計測されてモニターで確認できましたが、それはもう今後に期待できるスピードだった事を付け加えて置きます。

YSP&PRESTO Racing Teamは、今年も全日本選手権の7戦全戦と、鈴鹿300kmレース、そして鈴鹿8時間耐久レースへの参戦を予定しています。国内最高峰であるJSB1000クラスへの参戦を通して、ファンの皆さんと共に感動を共有できる事を願っています。厳しいレースへの参戦はチームにとっても挑戦のし甲斐があり、そこから生まれるエネルギーはは計り知れないものがあります。
今年もYSP&PRESTO Racingの活躍と、中冨選手の応援をよろしく御願い致します♪

[update:2004/3/30]

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ブランニュー
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エキゾーストはこんな風
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ブレーキもサスペンションもNEW
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ファンも詰め掛ける
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ここは
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入念なマシンチェック
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NEWスーツ
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セットアップは続く
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3setしか使えないんだ・・・
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グリッド
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ん?
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クラッシュによる・・・

難波恭司プロフィール

1963年3月8日生まれ
'81 18才で草レースを始める/'83 ノービスライセンス取得/'85 鈴鹿4h耐久レース 3位/'86 国際A級昇格 ヤマハ契約/'87 TZ250の開発テストに携わりながらレース参戦始まる/'92 ファクトリーマシン TZM250開発テストに携わる、全日本選手権 初優勝 250cc/'96 GP500マシン開発テスト携わる/'98 代役としてWGPのGP500へ年間 5戦参戦 鈴鹿では予選2位 決勝5位/'02 現在はモータースポーツ普及活動など、モーターサイクルの「伝道師」として活動中。特に今年は'07YZF-R1でレース参戦を計画中。
ライダープロフィール

中冨伸一 (なかとみ しんいち)

1978年 10月 30日(24歳)血液型 A 型
'96年: 九州選手権GP250ccチャンピオン/'97年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング15位/'98年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング11位、西日本エリア選手権GP250ccチャンピオン/'99年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング4位/'00年: 全日本選手権国際A級GP250ccチャンピオン/'01年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング11位/'02年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング8位