ホームプレストマガジン > 難波恭司のおでかけ★YZP&PRESTO Racing report
最終確認

走った走った

天候が不安定だった今年の夏。晴れ渡った青空を殆ど見ることなく過ぎ去ろうとする8月後半の24日、全日本選手権は九州大分県のオートポリスで開催されました。昨年の開催では大変多くのお客さんで盛り上がり、オートポリス始まって以来の集客だった事から今年も大いに期待していました。
私といえば、昨年はチーム運営・・・という立場から断念したものの、その昔は中学生時代にさかのぼり、修学旅行で訪れた阿蘇周辺の何処か日本離れした、そしてその絶景な阿蘇連邦の峰の景観と、のどかな牧草地帯が続くワインディング・ロードを「何時の日かバイクで走ってみたいなぁ〜」と夢見た頃があったのでした。実際九州までの道のりは簡単ではなく、のんびりツーリングをする時間を作り出す困難さも手伝い現在に至っていたのです。

その長年・・・そう25年の夢が叶う事・・・というより、決断を下す切っ掛けとなったのは、ご存知「難波と走ろう!」企画のおかげ。もともと移動距離の関係から予定から外れていたのですが、私の個人的な御願いもあり、プレストコーポレーションさんの企画にオートポリスも加えて頂く事となったのです。昨年の印象から、どうしてもオートポリスだけは外せず、ツーリング・コースとしては北海道と肩を並べるくらい広大なスケールである九州は、どうしてもバイクで走りたかったのです♪そして全国各地のバイクフリーク仲間と一緒にツーリングする機会も、このプレストコーポレーションさんの企画があってこそ実現出来た事ですし、本当に感謝感謝でしたね。プチ・ツーリングレポートは後にして、レースの方から・・・。

R2-1 オートポリス

1年に1度だけ開催となるサーキットは、ライダーやチームにとっても張り合いがあるもので、新鮮味もあったり刺激に満ちていたりします。ここオートポリスは立地条件からかヨーロッパのような雰囲気も持ち合わせ、アップダウンやタイト・コーナー、そしてブラインド・コーナーや長いストレートなど、とても変化に富んでいます。そして大きなポイントは標高が高い事。実はこれが曲者なのです・・・。
標高が高いという事は「気圧が低い」ので、必然的に「空気が薄い」という事なのです。え、まだ分からない?そう、空気が薄いとエンジンパワーが出ないのです!これはバイクや車でサーキットに向かう山中を走っていても気付くレベル。感覚的には10パーセント以上はパワーダウンしている感じですね。

予選の前日金曜日に行われたフリー走行。山の天気は変わりやすい・・・という定説通り?午後の走行直前には雨が降ってしまい、僅かな走行時間のひとつをセットアップに費やせなくなる事態になってしまいました。まぁこれは全ライダー、チームにも言える事なので仕方ありませんが、セットアップに不満のあるライダーはイライラだった事でしょうね。
そのウエットであったフリー走行では、なんと'03 YZF-R1をライディングする大崎選手とYSP & PRESTO Racingのふたりがトップツーのタイム♪
後半戦に入り、とても良い展開か?と期待しちゃいましたよ。

予選!!

土曜日の午前1回目。タイヤのグリップが「美味しい」3週目に記録したタイムで6番手とマズマズ。JSB1000となった今年、昨年のスーパーバイク・クラスのタイムから大きく遅れているのが少々気になるものの、全体的にどのチームも苦戦している様子なので、暑さからくる路面温度の上昇、そして薄い空気を更に暖かい空気が拍車を掛け、エンジンに厳しい状況である事も影響しているように思えました。

ここで良いタイムを記録していたのは、昨年YSP & PRESTO Racingで活躍していた辻村猛選手。何と彼は午後の予選が夕立による「雨」を予想し、ドライ・コンディションの午前にスリック・タイヤを2セットとも使っちゃったのです!
これが吉と出るか凶と出るかは、この時点では分からないものの、今年の予選はチームやライダーの作戦が垣間見れるようです。
そして迎えた午後の2回目予選。思惑が当たったか外れたか?コンディションは相変わらずドライ。ほとんどのライダーが午前の1回目で使用したUsedタイヤでコースイン。セットアップの確認と、ペースをつかんだ後にピットインしNEWタイヤに交換してタイムアタックに入るはずでした。
もちろんYSP & PRESTO Racingの中冨選手も「はず」だったのですが・・・。メインストレートに帰ってこない・・・?!何と痛恨の転倒をしてしまっていたのです。この転倒により午前のタイムを更新する事が出来なかった中冨選手は、決勝を3列目の10番グリッドからスタートする事となりましたが、しきりにチームスタッフに詫びていた事が印象的で、ここまで準備してくれていたスタッフに申し訳なさで一杯だったのでしょう・・・。

実はスタッフから後で聞きましたが、中冨選手、何か精神的に不安定になる事が彼の廻りに起こっていたとか・・・。
プロスポーツ選手の場合、精神面、そうメンタルな要素が結果に大きく響くものなのです。どのカテゴリーのスポーツでも日頃からのトレーニングであったり、自分に自信を付ける為の手段などを大切にしています。それでも人間ですから、いつも平常心でいる事や、逆にテンションを高め続ける事難しいもの。そういった中で訪れる精神面への影響を、全て排除し続ける事も不可能ですし、たとえば身近で起こる事件などは「心穏やか」ではいられませんね。

今年の4輪F1では、シューマッハ選手の「実母」がレース・ウィークに亡くなる・・・というショッキングな出来事もありました。それでもプロ・スポーツ選手は自分の仕事を真っ当しなくてはならないくらい置かれている立場はとても複雑なものなのです。シューマッハ選手はこのレースで優勝して見せ、レース後の記者会見こそ出席しなかったものの、プロ選手としての仕事を完璧にこなしたのです。さすがに表彰台で笑顔は見れなかったのですが、私は本当に「プロフェッショナル」だなぁ・・・と、改めて敬意を感じました。
中冨選手の精神的に起こった出来事がどんなものだったかは分からないのですが、その度合いによっては知らない間に集中力を欠くような影響があったのかも知れません・・・。私の場合も、長い間のレース生活で数多くの出来事を背負ってレースに向かった事もありましたし、その時の精神状態は自分でコントロール出来ない領域が存在することも事実です。とにかく気持ちを入れ替えて日曜日の決勝で奮闘してくれる事を願ったのでした。

決勝レース

気温も30℃を超え、空気も薄い事からエンジンにとっては厳しいことは前に触れましたが、実は人間にとっても酸素が薄い事から体力的に辛いコースなのです。
これにより通常以上に体力を消耗したり、レースの後半に集中力を欠くことに繋がる可能性もあるので、見た目以上にライダーへの負担が大きいのですね。
スタートは順当に進みましたが、中冨選手はジリジリとトップ集団からは離されていく展開。7番手から9番手あたりで神経戦を繰り広げ、ペースが上手くキープ出来なような状況でしたが、他のライダーも同様にペースが上がらず、中盤に入りトップグループにつけていながら転倒するマシンもあり、予断を許さないレース。ミスが即転倒に繋がりやすいJSB1000では、ある時は我慢も大切な事があります。今回は、まさしくそんなレース展開が各ポジション同士で見られました。
そんな中、序盤から積極的にトップに躍り出てレースをリードしたのは辻村猛選手で、予選での勝負にしろ何か自信があったのかも知れません。そう、彼が使用するブリヂストン・タイヤは今年MotoGPでも飛躍的な進歩を遂げており、特に高温下でのパフォーマンスに定評があります。おそらく、こういったパッケージング(マシンを構成する全て)が良いセットアップを生み出し、レースの主導権を握る状態になっていたのでしょう。

現在のポイント・リーダー北川選手も必死で食い下がるものの差は縮まらず、見事トップでチェッカーを受けたのは辻村猛選手でした。彼も全日本選手権トップカテゴリーでは初優勝。そしてブリヂストン・タイヤも私が知る中では全日本選手権トップカテゴリーでは初優勝。完璧なレース運びで見事な優勝だったのでした。

私は昨年の僚友「辻村選手」に御祝いを伝えるため表彰台へ足を運び、まず最初にチーム監督の「藤井さん」に握手を求めると・・・「俺、本当にうれしいんだょ〜」ってクシャクシャになってました・・・。わかりますよねっ!やっと叶った念願の優勝は、ひと言で言い表せない事を・・・。
そして辻村選手の肩を叩き、「おめでとう!」と伝えると、彼、なんて言ったと思います?「めっちゃ疲れたぁ〜」だって・・・。もうちょっと嬉しそうな言葉を待っていたけれど?まぁ、それは正直な彼の気持ちだったのでしょうね♪
結局チェッカーを9位で受けた中冨選手。本人も全く不満足な表情でピットに戻ってきましたが、前日の転倒も影響があったはず。ヘルメットを脱いだ顔はレースの過酷さを物語っていましたが、今回は今年の8耐で得た自信が本来発揮されるレースだと思えていたので残念な結果だったといえます。話の途中で触れたように、私にはリズムが噛み合わない何かがあったような気がしてなりません・・・。次回SUGOは「プレストコーポレーション・カップ」なので、何としても元気な中冨選手を見たいところですね。早く彼にも「おめでとう」と言える結果を期待して待ってましょうか。皆さんの声援もお願い致します!是非是非SUGOへの応援、ヨロシクです♪

番外編、プチ・ツーリング に続く

[update:2003/09/12]

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大盛況
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音量測定
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車検中
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中冨選手スタンバイ
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マシンもスタンバイ
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コースイン
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上から失礼
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チタン製です
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やっちゃった…
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総動員で修復中
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メーターassy.
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グリッド集中
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グリッド
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見守るスタッフ

難波恭司プロフィール

1963年3月8日生まれ
'81 18才で草レースを始める/'83 ノービスライセンス取得/'85 鈴鹿4h耐久レース 3位/'86 国際A級昇格 ヤマハ契約/'87 TZ250の開発テストに携わりながらレース参戦始まる/'92 ファクトリーマシン TZM250開発テストに携わる、全日本選手権 初優勝 250cc/'96 GP500マシン開発テスト携わる/'98 代役としてWGPのGP500へ年間 5戦参戦 鈴鹿では予選2位 決勝5位/'02 現在はモータースポーツ普及活動など、モーターサイクルの「伝道師」として活動中。特に今年は'07YZF-R1でレース参戦を計画中。
ライダープロフィール

中冨伸一 (なかとみ しんいち)

1978年 10月 30日(24歳)血液型 A 型
'96年: 九州選手権GP250ccチャンピオン/'97年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング15位/'98年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング11位、西日本エリア選手権GP250ccチャンピオン/'99年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング4位/'00年: 全日本選手権国際A級GP250ccチャンピオン/'01年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング11位/'02年: 全日本選手権国際A級GP250ccランキング8位