![]()
グリッドでは
プレッシャー?・・・無念レース開始2周目に差し掛かった1コーナー〜2コーナー。レース開始早々起こったクラッシュを告げる場内放送は、サンドトラップが巻き上げる砂埃でゼッケンの確認が出来ない状況であったものの、トップグループの誰かである事は分かっていました・・・。数秒後、風に埃が流されて鮮明になった現場に映し出されたのは、シルバーのゼッケン2番「中冨伸一」選手でした。 今回のレースは、全日本選手権の中でも特例の「鈴鹿200km」という8時間耐久レースへの前哨戦と位置付けられるもの。通常のスプリントレース (40〜50分程度) より長い距離で争われる為、レース中の給油が必要になります。今年のレギュレーションは「JSB1000」というカテゴリーになって、マシンの改造範囲が厳しく制限されている事もあり、各チームとも準備が大変だったようです。給油は必須でありながら、例年ならば前後ともタイヤ交換をしてラップタイム低下を防がないと勝てない状況でしたから、可能であれば前後ホイール・クイックチェンジ・システム (簡単に交換できるシステム) を用意する必要もありました。 通常のレースでは、レースウィーク3セットしかタイヤを使用できないレギュレーションとなっていますが、今回はピット・ストップの関係で4セットの使用が許されていました。が、予選で使用できるのはいつもと一緒。やはり午前、午後の2回行われる予選では1回1セットでアタックしなくてはなりません。タイヤのグリップが良いうち (3〜4周まで) にタイムを出す必要があり、当然クリアーラップを狙うことが大切なのです。 午後の予選2回目。YSP & PRESTO Racing の中冨選手は、いつものように1回目に使用したタイヤでコースイン。ペースを掴んだ後半でNEWタイヤに交換し、タイミングを見計らって更にタイムアップを狙いました。そのコースイン時、ここまで2連勝中の「北川圭一」選手の後ろに付く事となり、チームはタイム・モニターに釘付け状態で見守る事に・・・。 曇っていたものの、何とかドライ・コンディションでチェッカーを受けれる事を祈っていました・・・。レースはハプニングが多いと面白い?のですが、やはり当事者達からすれば「すんなり予定通り」進む事が望まれます。チームの準備も途中でのコンディション変化に対応できるよう、レインタイヤやピット作業の打ち合わせも万端でスタートを迎える事に・・・。 番外編、難波と走ろう! に続く [update:2003/05/30]
ここにフロントホィールが入ります
リアホイールも専用
リアホイール担当
夢はレーシングライダー
現在のポジションは
来るか! 中冨選手
楠やん・・・そんなアングルで
ピットストップ練習中
手はず通りに
この後ハプニングが襲う・・・
難波恭司プロフィール1963年3月8日生まれ'81 18才で草レースを始める/'83 ノービスライセンス取得/'85 鈴鹿4h耐久レース 3位/'86 国際A級昇格 ヤマハ契約/'87 TZ250の開発テストに携わりながらレース参戦始まる/'92 ファクトリーマシン TZM250開発テストに携わる、全日本選手権 初優勝 250cc/'96 GP500マシン開発テスト携わる/'98 代役としてWGPのGP500へ年間 5戦参戦 鈴鹿では予選2位 決勝5位/'02 現在はモータースポーツ普及活動など、モーターサイクルの「伝道師」として活動中。特に今年は'07YZF-R1でレース参戦を計画中。 ライダープロフィール
![]() 中冨伸一 (なかとみ しんいち)1978年 10月 30日(24歳)血液型 A 型'96年: 九州選手権 GP250ccチャンピオン/'97年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング15位/'98年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング11位、西日本エリア選手権 GP250ccチャンピオン/'99年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング4位/'00年: 全日本選手権 国際A級GP250ccチャンピオン/'01年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング11位/'02年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング8位 |





