ホームプレストマガジン > 難波恭司のおでかけ★YZP&PRESTO Racing report
グリッドでは

プレッシャー?・・・無念

レース開始2周目に差し掛かった1コーナー〜2コーナー。レース開始早々起こったクラッシュを告げる場内放送は、サンドトラップが巻き上げる砂埃でゼッケンの確認が出来ない状況であったものの、トップグループの誰かである事は分かっていました・・・。数秒後、風に埃が流されて鮮明になった現場に映し出されたのは、シルバーのゼッケン2番「中冨伸一」選手でした。

今回のレースは、全日本選手権の中でも特例の「鈴鹿200km」という8時間耐久レースへの前哨戦と位置付けられるもの。通常のスプリントレース (40〜50分程度) より長い距離で争われる為、レース中の給油が必要になります。今年のレギュレーションは「JSB1000」というカテゴリーになって、マシンの改造範囲が厳しく制限されている事もあり、各チームとも準備が大変だったようです。給油は必須でありながら、例年ならば前後ともタイヤ交換をしてラップタイム低下を防がないと勝てない状況でしたから、可能であれば前後ホイール・クイックチェンジ・システム (簡単に交換できるシステム) を用意する必要もありました。
「YSP & PRESTO Racing」の場合、昨年までのYZF−R7によるノウハウと、耐久レースの本場フランス (ル・マン24時間など) からのノウハウで「YZF−R1耐久仕様」を仕立てていました。もちろん簡単な作業ではないはず。連日のマシン制作作業は深夜まで及び、給油、タイヤ交換などの作業確認も全てこなして鈴鹿入りしていたと聞き、前回筑波での表彰台獲得でチームの士気もより高まっていたのですね。
対する他チームも準備はギリギリだった話しも聞き、実際のタイヤ交換に関しては不安要素が隠せないチームが多かったようで、フリー走行、予選の合間を縫ってはピット・ストップ作業の練習をする風景が見られ、私も主力チームの作業を見物?しながらレースの予想屋気分を味わってました。

通常のレースでは、レースウィーク3セットしかタイヤを使用できないレギュレーションとなっていますが、今回はピット・ストップの関係で4セットの使用が許されていました。が、予選で使用できるのはいつもと一緒。やはり午前、午後の2回行われる予選では1回1セットでアタックしなくてはなりません。タイヤのグリップが良いうち (3〜4周まで) にタイムを出す必要があり、当然クリアーラップを狙うことが大切なのです。
ところが、この午前セッション・・・ヨシムラの「渡辺 篤」選手。事もあろうに禁断の2本目に手を出して、1回目予選後半にベストタイムをマークしてしまう作戦に出ました。私はちょっとびっくり?これで午後の2回目予選は事実上タイムアップが出来ない事となり、午後の予選を捨てる覚悟でいる事が想像できのですが、言い換えればそれだけタイムアタックに集中出来るくらいマシンが仕上がっているとも言えるので、レースへの自信がある事を裏付けていたのでしょ う。

午後の予選2回目。YSP & PRESTO Racing の中冨選手は、いつものように1回目に使用したタイヤでコースイン。ペースを掴んだ後半でNEWタイヤに交換し、タイミングを見計らって更にタイムアップを狙いました。そのコースイン時、ここまで2連勝中の「北川圭一」選手の後ろに付く事となり、チームはタイム・モニターに釘付け状態で見守る事に・・・。
中冨選手は今まで鈴鹿サーキットでのベストタイムは「2’10”2」というタイム。それをこのセッションの集中力で何処まで詰めてくるか?条件は揃っており、タイムアップへの期待は充分・・・。
「来たっ!」タイムは?8秒??987???そう、一気にベストタイムを1秒以上も詰めてきたのです♪「9秒台を知らない男」?として予選3番手ゲット。ピットガレージへ戻ってきた時には拍手で「お出迎え」となり、いよいよ決勝への準備が整う事となりました。
「タイヤ交換が出来ない・・・」とつぶやいていた他の選手達も、予選セッション中に何度もトライする光景があったのですが、ミスが無くても30秒以上・・・そしてミスした場合1分30秒以上と、ピットストップで失うタイムとリスクが大きすぎる事が判明し、ポール・ポジションの「井筒」選手を始めとする主力チームは「タイヤ交換なし」で「給油のみ」である事が「予想屋」の私からは見れましたが、さてさて決勝は?・・・。

曇っていたものの、何とかドライ・コンディションでチェッカーを受けれる事を祈っていました・・・。レースはハプニングが多いと面白い?のですが、やはり当事者達からすれば「すんなり予定通り」進む事が望まれます。チームの準備も途中でのコンディション変化に対応できるよう、レインタイヤやピット作業の打ち合わせも万端でスタートを迎える事に・・・。
決勝スタート!やや出遅れた感じがあるものの、中冨選手もトップグループを形成しており、終盤での攻防が楽しみ・・・と思っていた矢先・・・!。始めにお伝えしたように、レース2周目に差し掛かったところでシフトミスが誘発した転倒・・・という残念な結果に終わってしまいました。
今回も、応援に駆けつけて下さった方達の声援に答えられるよう頑張ってくれた「中冨」選手でしたが、その見えないプレッシャーが焦りを招いた?のか、私から見て、レース前緊張しやすいタイプ彼の事ですから精神的なものがあったかも知れません・・・。レースとは「こんなもの」・・・と簡単に言ってしまいそうですが、すべてが揃い、運も味方して始めて頂点に立つ事が出来るものなのです。そのすべてを手中に収めるまでには至らなかったか?前回の筑波表彰台で、今回の鈴鹿に掛ける勢いが「空回り」してしまったのか?今回の「鈴鹿2コーナー」には、トップ走行中「優勝目前」に転倒リタイアとなった「伊藤真一」選手の例といい、女神の悪戯があったのかも知れません。いやいや「中冨選手」には鈴鹿が「鬼門」なのでしょうか?
レースは終盤、トップを走行中のSN−Kクラス (改造できるクラス) の「伊藤真一」選手の転倒で、直後を走行していた「渡辺 篤」選手が「ゼッケン1番」の意地で今期初優勝。「名門ヨシムラ」と言われた時代を彷彿させるピットワークもあり見事な優勝でしたが、中冨選手にとっては落ち込んでいても何の解決にもならないので、次回7月18日の第5戦「ツインリンク・もてぎ」に気持ちを切り替えて行って欲しいですね。8時間耐久への期待もありますしね♪

番外編、難波と走ろう! に続く

[update:2003/05/30]

写真
ここにフロントホィールが入ります
写真
リアホイールも専用
写真
リアホイール担当
写真
夢はレーシングライダー
写真
現在のポジションは
写真
来るか! 中冨選手
写真
楠やん・・・そんなアングルで
写真
ピットストップ練習中
写真
手はず通りに
写真
この後ハプニングが襲う・・・

難波恭司プロフィール

1963年3月8日生まれ
'81 18才で草レースを始める/'83 ノービスライセンス取得/'85 鈴鹿4h耐久レース 3位/'86 国際A級昇格 ヤマハ契約/'87 TZ250の開発テストに携わりながらレース参戦始まる/'92 ファクトリーマシン TZM250開発テストに携わる、全日本選手権 初優勝 250cc/'96 GP500マシン開発テスト携わる/'98 代役としてWGPのGP500へ年間 5戦参戦 鈴鹿では予選2位 決勝5位/'02 現在はモータースポーツ普及活動など、モーターサイクルの「伝道師」として活動中。特に今年は'07YZF-R1でレース参戦を計画中。
ライダープロフィール

中冨伸一 (なかとみ しんいち)

1978年 10月 30日(24歳)血液型 A 型
'96年: 九州選手権 GP250ccチャンピオン/'97年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング15位/'98年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング11位、西日本エリア選手権 GP250ccチャンピオン/'99年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング4位/'00年: 全日本選手権 国際A級GP250ccチャンピオン/'01年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング11位/'02年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング8位