ホームプレストマガジン > 難波恭司のおでかけ★YZP&PRESTO Racing report
Podium

天気予報も覆すパワー?

全日本ロードレース選手権R2−1第2戦の舞台となった5月11日の筑波。元々の週間予報では問題なく晴れ・・・であったのが、土曜日の朝には急変して土曜日の夕方から崩れていく・・・という怪しい情報を耳にし、それだけは阻止しようと必死でお願いに行っていました(何処へ?!)。
今回は”始めてのおつかい・・・”じゃなく、始めての試みである”難波とレース観戦”と”難波と走ろう”企画のスタートだったので、どうしても雨だけは勘弁して欲しかったのですね。 土曜日の夜、空を見上げて月が出ている事を何度も確認し、心配でなかなか寝付けなかったのは私だけじゃなかったのではないでしょうが、降水確率40〜60%という予報は、私、難波の前では通用しなかった事で、改めてそのパワーを体感して頂いた事になりますね♪
日曜日の朝は、不慣れな地をさまよい?ながら(ご迷惑をお掛けしました∞)の筑波山ショート・ツーリングは、この日行われるレース観戦への雰囲気を盛上げてくれる格好の物でした。おかげでレースを心地よく迎える事が出来ましたが、仲間が多いともっと面白かったような気がします。今後の企画へも気兼ねなく参加して頂ければ、より多くの方とバイク談義に華も咲く事になりますね♪日頃の仲間との御参加や、もちろん関係者の方達だって歓迎しちゃいますよ!一緒に楽しい時間を過ごしましょう。

第2戦筑波

開幕戦の様子は前回お伝えしています・・・。そう、「失格」・・・という悔しい結果となってしまい、ライダー「中富伸一」選手はこの第2戦までの長い時間(開幕戦から1ヶ月半)もの間、とても辛い思いで過ごしていたのではないか?と、察していました。 この期間にはMotoGPや、SUGOワールド・スーパーバイク選手権など開催されていますが、先日の「加藤大治郎」選手の事故などもあり、その複雑な精神状態は計り知れないものがあったはずでしょう。そうした中で迎えた今回の筑波は、YSP&PRESTO Racing チームや彼にとって「屈辱」を晴らすべく確実に準備を整えていた事を聞いていました。
この筑波は世界有数?いや、世界に類を見ないタイプのサーキットであり、YZF−R1を代表するビッグ・バイクのマシンにはとても厳しいサーキットです。激しい加減速の嵐、そしてスロットル全開で切返すS字と連続するヘアピンコーナーは、ライダーを休ませる事なく30周のレースが設定されており、私が現役時代「大嫌い」だったという事から過酷さが想像して頂けると思います。
レギュレーションにより、レーススケジュール(予選、決勝)に使えるスリックタイヤ(ドライ・コンディション用)の本数制限がされており、基本的に2回の予選と決勝レースで各1セットという事になっています。これが意外と曲者・・・。今までならば、予選後半でNEWタイヤに交換し”一発タイム”を狙う事も出来ましたが、それを実行すると午後に行なわれる2回目の予選はNEWタイヤが使えなくなるため、事実上タイムアップが望めません。今回は午後の予選で更なるタイムアップに期待して、1回目の予選は1セットで走りきる作戦とし、その代わり・・・レースは30周という事でライダーにもタイヤにも厳しくなる為、グリップの落ちたタイヤで周回した時のマシン挙動や、ラップタイムの維持方法等多くのデーターを得る事に成功したようです。 これで決勝レースを想定でき、効率的な予選へと繋がった事でライダー自身も自信を持てたように感じました。
予選2回目では1回目に使ったタイヤを更に使用する事で酷使し、ペースを掴んだところで用意していたNEWタイヤへ交換。そして「行くぞっ!」とコースイン!ラスト5分間は決勝スタート・グリッドのフロントローをゲットするべくアタックを開始したのですが・・・。同じようにラストアタックをしているマシンでコースは渋滞。抜き所の少ない筑波ではクリアーラップは必須なのですが、思うようにアタックできずイライラしているのが見え隠れする「中富選手」。あっという間のラストアタックはチェッカーを受ける周に何とか成功し、自己ベストタイムを更新して見事フロントロー3番手ゲット♪筑波はスタート・ポジションが大切なので、まずはひとつハードルを越えられて「ホッ」としました。

迎えた決勝レース。期待もしたいところですが、ライダー中富選手に掛かるプレッシャーは言葉以上に彼自身が感じているはず・・・。 レース前あえて何も言わず、彼が乗り越えなくてはならない次のハードルを見守る事にしました。スタートはミスなく1コーナーへ。この時グリッドに並んでいた他の3人は、全てメーカーのファクトリーライダー経験者達であり、そんな中で感じたのは中富選手に対する廻りの意識でした。恐らく「若僧・・・程度にしか思っていないであろう・・・」という空気だったのですが、スタートすれば一歩も引けを取らずにトップグループを形成。なかなか仕掛けるチャンスが無い筑波はちょっとしたミスが命取りとなるケースも多く、特にレース終盤におけるタイヤのグリップ・ダウンが誘発するライディング・ミスは、取り返しが付かなくなるのです。終盤着実にポジションを上げ、全くのミスなくチェッカーを受けた時には嬉しい3番手。そうそう念願の表彰台ゲット♪これで前回の屈辱を晴らす事に成功したのと、彼に加せられていた次なるハードルも越えられた瞬間だった様に感じました。

何と言っても今回は「プレスト・コーポレーション」を通じ、大勢の方が応援に駆けつけて頂いた事が大きなパワーを生んだ事と思います。本当にありがとうございました!やはりレース観戦は応援する選手がいてこそ成り立つものですし、その感動も大きくなるはずですね。何より応援している選手がレースに集中しているのが伝わって来た時は、ゾクゾクするような感覚も湧いてきます。次回鈴鹿では良い意味で「吹っ切れ」て、開幕戦鈴鹿2&4での借りを鈴鹿で替えしてもらいたいと感じたレースでした。鈴鹿でも皆さんの応援を宜しくお願い致します♪

番外編、納車♪ '03 YZF-R1に続く

[update:2003/05/14]

写真
筑波のピットはテントです
写真
コースイン
写真
予選アタックへ向けて
写真
走行後のディスカッション
写真
スタンバイ中
写真
r1とチーム・トランスポーター
写真
筑波はねぇ〜
写真
戦闘モード
写真
今回は '03yzf-r1
写真
グリッドは賑わっています
写真
シャンパンシャワー

難波恭司プロフィール

1963年3月8日生まれ
'81 18才で草レースを始める/'83 ノービスライセンス取得/'85 鈴鹿4h耐久レース 3位/'86 国際A級昇格 ヤマハ契約/'87 TZ250の開発テストに携わりながらレース参戦始まる/'92 ファクトリーマシン TZM250開発テストに携わる、全日本選手権 初優勝 250cc/'96 GP500マシン開発テスト携わる/'98 代役としてWGPのGP500へ年間 5戦参戦 鈴鹿では予選2位 決勝5位/'02 現在はモータースポーツ普及活動など、モーターサイクルの「伝道師」として活動中。特に今年は'07YZF-R1でレース参戦を計画中。
ライダープロフィール

中冨伸一 (なかとみ しんいち)

1978年 10月 30日(24歳)血液型 A 型
'96年: 九州選手権 GP250ccチャンピオン/'97年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング15位/'98年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング11位、西日本エリア選手権 GP250ccチャンピオン/'99年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング4位/'00年: 全日本選手権 国際A級GP250ccチャンピオン/'01年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング11位/'02年: 全日本選手権 国際A級GP250ccランキング8位