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集中…(左) 猛を送り出す…(右)

筑波

全日本選手権R2−1筑波は、「吉川和多留」選手が最も得意とするコースのひとつでした。 チームとしても、徐々に上向きつつある結果に期待に期待が膨らんで望んだレースだったのです! 予選から激しい展開でしたが、YSP Racing Team & PRESTOの「辻村 猛」「吉川和多留」両ライダーは抜群の集中力を発揮して、予選開始早々の序盤からセッション・トップタイムをマークし、レースへの意気込みを感じさせてくれました・・・。

筑波サーキットは関東圏にあり、アクセスも近い事から大勢のレースファンが訪れるのですが、何より筑波の特徴を表すのがコースサイドぎりぎりで観戦が可能である事が魅力です。この迫力は筑波だけの特権?なのですが、一度味わったら病み付き・・・というより、他のサーキットでは物足りなくなってしまうくらい迫力があると思われます。何しろコースを走るマシン、ライダーから10m以内の個所もあり、それこそライダーの息遣いやマシンのアクセルやクラッチ操作も肉眼で見えてしまうのですね! 当然応援するファンの声援もライダーに聞こえやすく、ライディングに熱が入るし、場合によってはファン・サービスの技?を披露してくれたりします♪

もう一つ筑波の「アット・ホーム」な雰囲気は独特であり、これはレース・パドックとお客さんの垣根がない事も影響していると思います。 ピットとガレージが別な場所にあるので、走行後にライダーやマシン、器材などが大移動してガレージまで戻ります。(ほとんどが歩行ですが・・・)この間に応援の声を掛けて頂いたりのコミュニケーションが取り易い点が「ほんわか♪ムード」を醸し出しているのでしょうね!

実は私、この筑波への移動手段を随分悩んだのでした・・・。もともと渋滞が大嫌いな性格?なので、普段は極力バイク移動を楽しんで?いるのですが、さすがに雨などの天候不順には気が引けてしまう「軟弱者?」でもある訳です。都内を通過するにはどうしても避けられない「渋滞」・・・。やはりバイクで行くべきか・・・でも天気予報では雨が降る事を告げているし・・・。結局、東京駅まで電車で移動し、「吉川和多留」選手に「お迎え同乗」させてもらっての「ちょー軟弱」移動をしてしまったのでした。

レースは「プロト・クラス」(motoGPを代表する何でもあり?クラス)にスーパーバイク・クラスが挑むような展開でしたが、筑波を得意とする吉川選手の最終ラップは、ここ一番(カレー屋ではない・・・失礼?)での集中力を見せてくれ、クラス2位をゲット! そしてマシン・セットアップに悩んでいた辻村選手もクラス4位で無事終える事となり、両ライダーが得意とする次の鈴鹿への期待が一層膨らむ形となりました。

毎回恒例となっているレース後のサーキットイベントでは、吉川和多留選手も登場して多いに盛り上がる事となったのは言うまでもありませんが、前回ここで筑波での「応援お願い」をしていたので大勢の方に駆けつけて頂きました。本当にありがとうございました♪ 皆さんの応援が私達のパワーとなるのですよ!

期待を持って望んだ鈴鹿200km

筑波に続き、鈴鹿は「辻村 猛」「吉川和多留」両者ともに「勝ちに行く」という事を意識していたのは事前に伝わっていました。 吉川和多留選手は以前にも優勝経験があり、レース中のピットストップのタイミングや、200kmという長いレースでの勝ち方も心得ているので絶対的な自信があったのも確かです。そして辻村 猛選手も、昨年のこのレースでトップを走っていながらピット・ストップでのトラブル(カメラマンと接触)により興奮してしまい、ピットロードで規制されているスピード・オーバーによるストップ&ゴーのペナルティーを受けた事でレースを落としていましたから、その屈辱を晴らす意気込みがありました。

チームでは両者への最高のバックアップ体制を取る為に、事前に綿密なミーティングを行ない、ピット・ストップのスケジュールやリハーサルを繰り返して準備し、実はライダー以上に「勝ちに行く」意識が高かったのです。それが・・・金曜日・・・一番始めのフリー走行で予期せぬトラブルが両者とも発生してしまい、解決するまで走行時間の大半を費やしてしまう事体になってしまったのでした。 セッション最後、トラブル回避出来たマシンの確認にコースへ戻った吉川選手でしたが、「焦った訳ではなかった・・・」はずなのに、今回のレースに掛ける意気込みが空転したのか「逆バンク・コーナー」で転倒してしまい、左手骨折!という思いもよらぬ自体を招いてしまったのです。

負傷してしまった吉川選手の午後以降に付いての走行を見合わせるだけでなく、レース出場をキャンセルする事も視野に入れて様子を見る事にしていたのですが、彼の気迫は痛みと戦う事を選択し、チームもレース計画に最善を尽くす事で気持ちを切り替えました。

レース当日の朝、フリー走行でのタイムや状況で最終的な判断を下す予定にしていたのですが、骨折しているはずの吉川選手・・・なんと2分9秒台で走行しているではありませんか! 彼に痛みと戦いながらの参戦を決意させたのは、他にも理由がありました。 ランキング・トップの渡辺選手も、土曜日の予選最後にクラッシュし、身体にダメージを負っていた事でフリー走行のタイムが伸び悩んでいたのです。 精神的な戦いでもある長丁場、鈴鹿200kmでは何があるかわかりません。辻村 猛選手の好調さに期待し、ピットストップのタイミングなど2人のライダーを支える為の計画を練り直したのでした。

レーススタート!今シーズン最高のパフォーマンスでトップ争いを繰り広げている「辻村 猛」選手と、ダメージを負っているにも関わらず必死でトップグループを追う「吉川和多留」選手。どちらへもチームスタッフの祈るような気持ちが届いていたはずでしたが・・・。 吉川選手へのダメージを考慮し、通常ガス欠ギリギリまでピットインを遅らすところを、レース真ん中でピットインする事で身体への負担を軽減させる選択をしていました。そのピットストップ・ボードが吉川選手へ提示される同じタイミングで届いた知らせは「辻村選手スローダウン」という場内アナウンスでした・・・。 ピットでは吉川選手のルーティン作業の準備が整っていましたが、どのタイミングでスローダウンした辻村選手が戻ってくるか掴めず、最悪の事体は「2人同時にピットイン」の可能性も出てきたのです。 瞬時に判断を下したのは、「ルーティンである吉川選手を優先する」という、場合によっては非常に辛い判断となる事だったのですが・・・

結局、事体はヨロヨロとしたスピードで辻村選手が先に戻って来る事になったのですが、約20秒後には吉川選手がピットに戻る予定。 辻村選手は既に一周遅れとなっていた事と、メカニックの目視によりトラブルの修理に時間が掛かる事が予想されたので、「辻村選手」のマシンは一度前方へ移動して吉川選手のピット作業を優先する事となる、最悪のパターンとなってしまったのです。私もライダーである為に、辻村選手の心境を考えると「やりきれない」気持ちだったのですが、吉川選手だって同じ・・・ダメージを追っている状態を押して厳しいレースを戦っており、2人とも戦線離脱という訳には行かない状況での究極判断だったのです。

吉川選手のピット作業は、混乱したピットながらメカニックの冷静な作業で確実に送り出す事ができ、すぐさま辻村選手のマシン復旧に取り掛かりましたが、トラブルのままコース一周しており、ダメージが広がっていて簡単にパーツ交換が出来ず、メカニックの必死な作業(身体を張っての・・・)で何とかレースに復帰させる事が出来たのですが、この際のピットロードで昨年同様のスピード・オーバーを指摘され、またもやストップ&ゴーのペナルティーを受けてしまいました・・・。

レース終盤、何と吉川選手はここまでのランキング・トップである渡辺選手をパスする事に成功し、本来レースを諦めようとした事から想像付かないポジションで(クラス4位)チェッカーを受ける事となりました。 レースの内容から、辻村選手へのチャンスは充分あったと思われる展開だったのですが、残念なトラブル発生により叶わぬ夢と化してしまったのが悔しくてなりません。 辻村選手の悔しさは私達スタッフも全く同じ・・・大変申し訳ないレースでしたが、期待出来るレースであった事も確かでしたから、今後に対して更なる集中力で望む決意が深まったレースでした・・・。私の20年に及ぶレース人生の中で、3本の指に入るくらいインパクトのあるレースであった事を付け加えておきます・・・。

九州初上陸!オートポリス

悔しさ覚めやらぬ気持ちで迎えたオートポリスは、全日本選手権初開催とあっ て並々ならぬ盛り上がりとなりました。

吉川選手もたった2週間では回復できていない状況でしたが、専属トレーナーの監視の元で参戦しましたが、骨折は骨折・・・痛みがないはずはありません。無理をしない約束で望みましたが徐々にペースを掴む事となり、トップグループと何ら遜色ないタイムまで伸ばしてきました。

辻村選手も以前のテストで好感触を持っているサーキットだけに、走行開始直後から好タイム連発! 金曜日のタイムは例の「プロト・クラス」を上回るタイムを記録し、いよいよ快進撃?と感じさせてくれました。

レース・ウィークを通して好天に恵まれ、日曜日は最高の日和となったためサーキットは大勢のお客さんで埋め尽くされました♪ 九州での開催が始めてでしたからお客さん達のテンションも高く、先日から開催されていて話題に上っている「中津江村・カメルーン」の隣である「上津江村・オートポリス」は、まさしく熱狂的な人達で埋め尽くされた!と言えるでしょうね。こちらでも村長さん直々に出迎えがあり、大イベントとしての存在となっていました。

レースはセレモニーの直後、最高潮のタイミングで始まりましたが、スタートしてトップが2周目に差し掛かろうとした時、後続のライダーが最終コーナーで転倒してしまいレッド・フラッグ中止・・・。チームからは何で?とも思える状況だったのですが、初開催の為か安全を最優先したのでしょうか? 結局レギュレーションにより始めから「レースやり直し」となってしまい、好スタートだった「YSP Racing & PRESTO」のライダーは、もう一度集中力を高める事となりましたが、お客さんはこの緊張感をもう一度味わう事が出来たので、一粒で2度美味しい〇〇〇だったようですね。

再レースとなったレース。スタートでやや遅れてしまった吉川選手は、後で「スイッチが入っちゃった・・・」と語る激しいアタックがミスを誘い、他車と接触転倒・・・そのままリタイヤという結果に終わってしまいました。 レースは何があるかわからないのですが、始めのレース・スタート時の状態が良かった為か、「勝つつもりだったのではないか?」と感じました・・・。怪我を押しての出場だったので、本来は硬く・・・のはずが、2度のスタートでスイッチが入ってしまったのですね。

もう一人、辻村選手は序盤からスーパーバイク・クラスのトップ争いを繰り広げていましたが、本来レースを引っ張るはずのプロト・クラスのペースが上がりません!あれよ、あれよと言う間にトップ集団に追いつき、6台によるトップ争いが始まるのか?と期待されたのですが、そこは容赦なくレースは展開され、スーパーバイク・クラスの渡辺選手との一騎打ちとなりました。 一度は渡辺選手をパスし、クラス・トップへ躍り出た時のピットでは「ガッツポーズ」が出て盛り上がりましたが、レースは簡単には行かず激しい攻防へと・・・。 最終ラップまで0.2秒前後で繰り広げられたトップ争いは、渡辺選手の巧みなブロックでそのままチェッカーとなり、辻村選手は2位表彰台ゲットでした。

中盤からの攻防は、気温の高さから来るタイヤの消耗、海抜700mという高地のため空気も薄く(エンジンもパワーが出難い・・・)、体力の消耗も厳しいものがあったと思われますが、最後まで諦めず食い下がってチャンスを伺っていた辻村選手ですが、前回の鈴鹿でのトラブルから完全に復活できていたレースだったと感じました。

今回のレースは吉川選手が残念な結果に終わってしまいましたが、レースは本当に何があるかわかりません・・・。 大勢の方に応援して頂いていますから、きっと女神は微笑んでくれると信じています。 次回はまた関東近郊の「もてぎ」へ戻ってきますから、是非応援に駆けつけて下さい!6月23日の「もてぎ」では、皆さんの応援が頼りです♪ ここまで出来たら後は・・・よろしく頼む!

[update:2002/6/13]

楠堂カメラマンが接写
2度目のコースイン
おなじみ楠堂きゃめりゃまん
グリッドでの猛
なぜレッドフラッグが・・・
パドックで人気者です
マシンはOK
むっちゃ多い
九州まで移動したトラック

難波恭司プロフィール

1963年3月8日生まれ
'81 18才で草レースを始める/'83 ノービスライセンス取得/'85 鈴鹿4h耐久レース 3位/'86 国際A級昇格 ヤマハ契約/'87 TZ250の開発テストに携わりながらレース参戦始まる/'92 ファクトリーマシン TZM250開発テストに携わる、全日本選手権 初優勝 250cc/'96 GP500マシン開発テスト携わる/'98 代役としてWGPのGP500へ年間 5戦参戦 鈴鹿では予選2位 決勝5位/'02 現在はモータースポーツ普及活動など、モーターサイクルの「伝道師」として活動中。特に今年は'07YZF-R1でレース参戦を計画中。
ライダープロフィール

吉川和多留 (よしかわ わたる)

1968年9月26日生まれ 血液型 A 型
'86 ロードレース・デビュー(18才) S80 クラス/ '90 全日本ジュニアチャンピオン SP750クラス/ '91 全日本国際A級 ランキング9位 F1 クラス/ '92 全日本国際A級ランキング9位 F1 クラス/ '93 全日本国際A級8 位 F1 クラス/ '94 ヤマハワークス入り、スーパーバイク元年チャンピオン!/ '95 全日本選手権 ランキング4位 スーパーバイク クラス/ '96 ワールドスーパーバイク選手権参戦 世界ランキング9位/ '97 全日本選手権 ランキング 4位 スーパーバイク クラス(YZF-R7)/ '98 全日本選手権 ランキング4位 スーパーバイク クラス(YZF-R7) '99 全日本選手権 ランキングスーパーバイク クラスチャンピオン! '00 全日本選手権 ランキング 5位 スーパーバイク クラス '01 全日本選手権 ランキング 5位 スーパーバイク クラス

辻村 猛 (つじむら たけし)

1974 年7月4日生まれ 血液型 A 型
'84 モトクロス・デビュー (10才)/ '87 ミニバイクレース・デビュー (13才)/ '91 ロードレース・デビュー (16才)/ '92 全日本選手権デビュー/ '93 世界グランプリ125ccクラス参戦開始。数回の優勝経験あり!/ '97〜'98 世界グランプリ250ccクラス参戦/ '99 ヤマハワークスにて全日本スーパーバイク クラス参戦ランキング10位/ '00 全日本選手権スーパーバイク クラス ランキング10位/ '01 全日本選手権スーパーバイク クラス ランキング けがの為10位