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もてぎヘアピンから撮ってみました
 

レーシングワールド

スーパースポーツと呼ばれるカテゴリー。以前は「レプリカ」と呼ばれていたはずなのだが、最近では時代の変化により呼称が変わってしまった。この手のモーターサイクルはモデルチェンジ・サイクルが早く、それは世界各国で開催されているレースと大きな関係があることから致し方ない事であり、言い換えれば毎年のようにメーカー最新技術を投入し、ユーザーへ最高のパフォーマンスを提供しているともいえる。
YAMAHAスーパースポーツのフラッグシップ・モデルがYZF-R1であることはご存知のとおりだが、つい先日ドイツのケルンショーにてNew モデルが発表になった。もちろんストリート・モデルをベースに争うワールド・スーパーバイクにおいて大きな期待が寄せられているのは言うまでもない。
このブランニューのYZF-R1。一般市販車両ながら、究極のモーターサイクル「motoGP」で活躍するYZR-M1で培われた技術がふんだん投入されており、それはそれで凄いことだと思っている。詳しくはプレスト・コーポレーションのホームページに、近々アップされるであろうから楽しみにしていただこう。あのロッシ選手のマシンに近いメカニズムが装備されているのだから・・・。
私は昨年ヤマハモーター・フランスチームに所属し、前記したワールド・スーパーバイクに参戦した・・・と言ってもライダーではなくチーフ・メカニックとしてだが、私の本職?は基本的にライダーでありながら、その経験を生かして「走らせる側」で携われたことはとても良い経験だった。こういったレース現場での出来事などを紹介しつつ、今シーズン終盤のmotoGPとワールド・スーパーバイクのレースについて、前・後編に分けて触れてみようと思う。

終盤のmotoGP

2006年9月24日。ツインリンクもてぎを訪れた人は多かったんじゃないろうか?今シーズンのバレンティーノ・ロッシ選手は、開幕戦スタート直後の転倒だけでなく、数々のトラブルに見舞われてランキングは下位に沈んでいたのだが、シーズン折り返しとなる8月のチェコ・ブルノのレース以降、息を吹き返したような追い上げを見せ、ランキングトップのニッキー・へイデン選手に最大51ポイントも離れていた差を21ポイント差まで詰めて日本にやって来たことから、「もてぎ」を入れて残り3戦となるチャンピオンシップの行方に注目が集まったのは当然の流れだろう。
私はこの「もてぎ」の結果如何ではチャンピオンシップの行方が決定的になると踏んでいた。もちろんロッシ選手の功績を考えてみても一目瞭然。並大抵の相手では言うに及ばず・・・が正直な意見だった。しかも追う立場も者が勢いを持っていた場合手が付けられない?ことはどんな場面でも良くあること。具体的には、もてぎ終了時点でのポイント差が10ポイントを切った場合、逆転チャンピオンの可能性が非常に高まるという予想をしていた。
その「もてぎ」では、前評判どおりブリジストン・タイヤ勢が好調で、セッションの大半をリードする展開。これにより肝心のチャンピオンシップを複雑なものにする可能性を秘めていたが、レースウィークを通して好天に恵まれたことも手伝って各ライダーとも予選はヒートアップ。6人ものライダーがサーキット・ベストを更新するほどタイムアップしてきた。 レースは昨年の覇者でもあるカピロッシ選手が独走し、ロッシ選手は2位。対するポイントリーダーのヘイデン選手は苦戦しながら5位に終わり、その差は12ポイント。微妙な差だと言えなくもないが、これが普通のライダーだったら逆転するのは決して容易くはないレベル。だが・・・ロッシ選手ならばここまで追い上げてきたのだから不可能を可能に「する・・・かも」。という期待が更に膨らんだ。
左:データチェックで更なるトライ 右:テストで好感触のエドワーズ選手

続くポルトガル・エストリル。残す2戦、12ポイント差をトップのヘイデン選手が守りきれるか?という図式は誰もが感じていたはずだが、ロッシ選手自身も簡単な差でないことは理解しており、我々の期待とは裏腹に「追いつけるか?」という心境だったようだ。それを表すのが彼のコメントにある「チームメイトのエドワーズにサポートを頼んだ」と言う内容から汲み取れる。 チームオーダーが出されることは過去のレースにおいても多くない。今回もチームからのオーダーではなく、チームメイト同士が自発的な行動でレースに挑んでいたようで、その支えあう気持ちがチーム全体の雰囲気をより強力な結び付きへと導いていたのだろう。こういった周りの気持ちを引き付ける強力なパワーをロッシ選手は持ち合わせていると思う。
エストリルのレースはスタート直後から白熱していた。トップを逃げるロッシ選手をペドロサ、エドワーズ、ヘイデン選手の順で追う形だったが、いち早く行動を起こしたのがエドワーズ選手だった。2番手のペドロサ選手と何度も順位を入れ替えるバトルを繰り広げ、結果としてトップを行くロッシ選手を更に先行させることに成功していた。
次に行動に出たのがチャンピオンシップをリードしているヘイデン選手。逃げるロッシ選手を追いかけようと、チームメイトのペドロサ選手をパス。そして更にエドワーズ選手を攻略しようとしていた時だった、パスされたペドロサ選手はその直前、エドワーズ選手と激しいバトルを繰り広げていたことから熱くなりすぎていたのかも知れない・・・彼は先行したヘイデン選手を猛追。コーナーへのアプローチ・スピードが高い彼のスタイルは、テール・トゥ・ノーズが災いして行き場を失い、仕方なく通常のラインとは違うイン側から進入しようとした時だった・・・ギャップに乗りスリップダウン。結局直前にいたチームメイトでありポイントリーダーのヘイデン選手をも巻き沿いにしてしまうアクシデントとなった。その後ロッシ選手は固く2位でチェッカーを受けたことで、なんとチャンピオンシップは逆転。8ポイント・リードで最終戦を迎える事となった。

1位・・・25ポイント
2位・・・20ポイント
3位・・・16ポイント
4位・・・13ポイント
5位・・・11ポイント
6位・・・10ポイント
7位・・・9 ポイント 

以下15位・・・1ポイント

このようなポイント獲得となるmotoGPでは1位獲得がとても重要であり、リードを広げたり逆に追い上げる際にはキーポイントとなる。 誰も予想していなかった展開だったが、当事者であるヘイデン選手の心境たるや想像できないくらいの落胆だったはず。もうすぐ届きそうな栄光が何者かによって持ち去られたような、ぶつけることができない挫折感や自己嫌悪など精神的なダメージは計り知れないレベルであったことが想像できる。このアクシデントにより、私の見解では「最終戦へ向けて勝負あったかな?」という心境となったのだった。

最終戦スペイン・バレンシア。ヘイデン選手は強靭な精神力で奈落の底から這い上がって来ていた。決して可能性がなくなった訳ではなく、今自分が成すべき最大の努力をすること。回りに惑わされず、自分自身に集中しているかのようだった。ただひとつだけ違ったのは彼がペドロサ選手に援護を頼んだこと。エストリルでのアクシデントは、チームメイトとの絆を強力なものへと導くこととなった。そう、ちょうどロッシ選手とエドワーズ選手の関係のように・・・。
大注目の最終戦バレンシア決勝レースは意外な展開でスタートした。ロッシ選手はポールポジション・スタートながら珍しくクラッチミートにミスがあり、出遅れて7番手で1周目を通過。そしてその後を見ていても何故かペースが上がらなかった。2番手に付けていたペドロサ選手はこの隙にヘイデン選手を先行させ3番手に下がり、下位をブロックするという作戦。この展開にロッシ選手が焦ったとは思えないが、5ラップ目に差し掛かったとき信じられない光景が映し出された・・・ロッシ選手転倒。
ロッシ選手は運良く再スタートが切れたものの13位でチェッカー、獲得ポイント3。対するヘイデン選手はピットから出された「P3 OK」のサインで確実に走りきり3位でチェッカーを受け、獲得ポイント13。この瞬間またしても獲得ポイント数は逆転し、涙涙の2006年のワールド・チャンピオンとなった。ウイニング・ランの最中、狂喜乱舞するヘイデン選手に手を差し伸べたロッシ選手。お互いが全力で戦ったシーズンを称えあう素晴らしい光景だった・・・。
ステージにお目見え

後編に続く…

難波恭司プロフィール

1963年3月8日生まれ
'81 18才で草レースを始める/'83 ノービスライセンス取得/'85 鈴鹿4h耐久レース 3位/'86 国際A級昇格 ヤマハ契約/'87 TZ250の開発テストに携わりながらレース参戦始まる/'92 ファクトリーマシン TZM250開発テストに携わる、全日本選手権 初優勝 250cc/'96 GP500マシン開発テスト携わる/'98 代役としてWGPのGP500へ年間 5戦参戦 鈴鹿では予選2位 決勝5位/'02 現在はモータースポーツ普及活動など、モーターサイクルの「伝道師」として活動中。特に今年は'07YZF-R1でレース参戦を計画中。