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1人旅じゃ〜!!♪や〜まを こ〜え〜♪谷を越え〜♪服部君が〜やって来る〜♪車を飛ばしてやって来る〜♪ 今回は日頃の疲れを癒しながら、のんびり船旅の計画を立てる。が、しかし!!台風12号でフェリー欠航!! そりゃ結構!! 陸路で九州まで一人旅となった。 ♪みちのくぅ〜う〜♪ひとり〜たび〜ぅぃ〜ぅぃ〜♪
水曜日の昼前に、「フェリー欠航で〜す!」の電話が入り、東北道へ直行!! 磐越道 ⇒ 北陸道とひたすら走り、福井県までたどり着く。高速から見えたビジネスホテルへ走りこみ、爆睡。
翌木曜、ホテルを出て北陸道 ⇒ 名神 ⇒ 中国道へ。途中事故渋滞で1時間のタイムロス。渋滞を抜けてからは順調で、広島、広島と言い聞かせひたすら走る走る。昼飯を食べた後からは睡魔との戦いで、ちょいと仮眠のつもりが1時間もグーグー寝てしまい、本日2時間も予定を押してしまった。広島まで遠いこと遠いこと。 広島を抜けてからは交通量も少なく順調に走行し、日暮れと同時に関門海峡を渡る。今日はありがたいことに、塾長宅へ泊めていただくこととなった。ありがとうございます。 前回は尊師のお店へ、今回はZIM長のお店伺い、犬のヨシオ君とじゃれあいながらの楽しいひと時をすごさせていただいた。この犬のヨシオ君の兄弟にユータローと言う犬もいて、これは池町選手と内山選手から取った名前らしく、俺も 犬の名前になるぐらい人気者にならなければ。
と思ったのであった。
翌金曜はコースとタイムチェックなどの最終チェックの為6時に塾長宅を出発し、9時過ぎには、御所のレース会場に到着した。 エクストリームテストコースは本物。素晴らしい。
左:ライバルが集まり情報交換? 右:少しずつ気持ちを盛り上げて行く。
始めにエクストリームテストをチェック。目が飛び出そうなコースを目の当たりにして「あっ、あ〜あ〜」。さすが西日本のコースだ〜、SUGOでは考えられない本当のエクストリームテストのコースとなっていた。 レース初日
左:スタート前、左がスケP。 右:1周目は様子を見ながら抑えて走る。
ライダーズブリーフィングで、レース内容の詳しい説明があった。
周回数4周、1周目のテスト計測無し。1周の距離、約30km。
1周のタイム設定は60分である。
スタートは1分おきに、2台づつスタート。ゼッケンは全日本クラスから、A,B,Cと割り振られていて、ゼッケン順のスタートとなる。ゼッケン"15"の私は7番目のスタート。地元の有名人、ゼッケン"13"のスケPと同時スタートである。
コースは、 モトクロス場 ⇒ シングルトレイル ⇒ 玉石川 ⇒ 舗装路 ⇒ 林道 ⇒ エクストリームテスト ⇒ 林道 ⇒ エンデューロテスト ⇒ ウッズ ⇒ クロステスト ⇒ ウッズ ⇒ 本部ピット
となっており、変化に富みメリハリの利いたコース設定となっていた。またエクストリームテストには車で見に行くことができ、他のテストも本部から近く歩いて行けるので、ギャラリーのことを考えたこれからのエンデューロの見本となる設定だ。
SUGOも来年に向けて考えているが、他のエンデューロ主催者もこれからのエンデューロを考えればギャラリーポイントを真剣に考えなければならないと強く思う。そう言った意味に於いてこの大会は、見本となる大会まで成長したと言え、とても嬉しく思う。
1周目は下見の意味を持ち、そこそこのスピードで主にラインの見極めに専念、飛ばせるところは少し飛ばして1〜2分前スタートのライダーを抜き去り、テスト内の難しいところで待ち受け、どのような走りをしているかじっくり見る。特にエクストリームテスト内の激下りが気になっていたので、NR王子の走りを見させていただいた。
移動区間の林道は体力を温存、又は体力を取り戻す区間なので流して走り、テスト区間に近づくにつれスピードアップして、体の動きや気持ちをレースモードに移行するのだ。 パドックに戻りガス補給なのだが、2リットルしか減っていなかったのでタンク容量の約半分の4リットルにとどめて走ることとする。軽い方が疲れないし乗りやすいからね。 このピットでの作業は
などで、ライダー的にはウイダーインゼリーのビタミンとエナジー、水分補給、梅干やバナナを食べる。とにかく水分とエネルギーの補給である。
左:流すか気合いか、メリハリが大事。 右:こうなるのでピットでは入念にチェック。
2周目。いよいよレース計測開始である。 3周目も同様だが徐々にペースアップを図る。エクストリームテストで失敗し15秒ぐらいロスしたが、ファイナルクロスで取り戻せるだろう(鈴木健二選手以外は)。 4周目、エクストリームテスト以外は満足した走りが出来た。しかしエクストリームテストだけは体が上手く動かず上手く走れない。調子が出ない、リズムが悪い。長旅の疲れが出ているのかな?バイクを離れると、眠くて仕方ないのだ。
レースは2時半頃終了し、昼食を取ったり、今日は乗れてなかったな〜などとみんなでワイワイやっていると、早くもテストごとのリザルトが出て、なんとなく計算してみると4位ぐらいかな?そんな内容だった。
左:スタートはいつも同じライダー。 右:スタート!!
え?乾杯の音頭ですか!?宿へ戻り、ウエルカムパーティーが始まる6時半までのんびり温泉に浸かる。そろそろ風呂から出ようかな、と思うとポツリと仲間が入ってきては長話。さーて出ようかな、と思うとまた仲間が入ってきて出れなくなる。その繰り返しで、1時間は温泉に入っていたかな?エンデューロより、体力がいるね。おかげで、ウエルカムパーティーに遅れてしまったよ。
パーティーは立食スタイルでかなり豪華。ビールも出るはで最高である。しっかりした司会進行の中、地元のクラブの会長やMFJからの挨拶があり、いよいよ乾杯でパーティーが始まる。 「では、乾杯の音頭を、藤原 広喜さんにお願いいたしま〜す。」
って・・・聞いてないよ・・・。
え〜・・・何を言ったか忘れたが、多分、え〜連発で何か訳のわからんことを、口走ったに違いない。 「カンパ〜イ」ザワザワザワ・・・
リザルトが出て、ザワザワ・・・結果2位だった。予想よりも良かった。但し8位まで1分以内の僅差。
それから全日本ライダーの紹介と挨拶があり、盛り上がっている中、居酒屋 かぼちゃへと急いだ。 「うめ〜」 マサトンは、実家で馬を飼育しているらしく、馬刺しには手をつけなかった。 レース2日目7時20分のブリーフィングに向け、6時にホテルを出る。現地に到着すると、おばさんたちが温かい味噌汁とおにぎりを作っていてくれた。ライダー全員にである。思いがけない出来事って感動しちゃいます。
美味しく頂きました。「味噌汁おかわりっ」
ここで土砂降りの雨が降ってきた。そのためコース変更など処置がとられ、ブリーフィングでは周回数が全日本クラスとAクラスは3周で70分設定、B・Cクラスは2周で80分設定?(聞いてなかった)となり、これはドラマがありそうだ。
朝のワーキングタイムではムースからチューブに変えるライダーもいて、みんな勝負に出てきている。このコースは雨が降ればツルツルに滑るか、掘れて走れなくなるそうだ。SUGOも昔はスケートリンクの様な状態で硬く滑る路面だったから、こうした路面には自信がある。大丈夫、大丈夫。参加台数も少ないから、渋滞は無いだろう。そんなことを自分に言い聞かせ、スタートしていった。 攻める!!
左:すぐ前の鈴木監督を猛追中。 右:後ろのマサトンとは1秒差。間合いを測りつつゴール。
タイムキーピング制のいいところは、移動区間で休めること。体力を取り戻してテストに挑めるってとこ。 セッティングデータ
裕太郎は2周目に例のエクストリームの崖落ちセクションで前転(!)しアバラを打ったようで、リタイヤとなった。 ファイナルクロステスト
左:表彰式にて。 右:みんなお疲れさまだったワン。
2時間のインターバルをとり、いよいよファイナルクロス。ファイナルクロスはB・Cクラスが第1レースで、我々全日本クラスとAクラスは第2レース、最終レースとなるのだ。周回数は4周。約10分のMXレース。モトクロス九州選手権が開催される本格的なコースだ。テーブルトップやWジャンプもあり、アップダウンの激しいテクニカルコース。 総合結果
余談帰りも1人旅で、2日掛かりで仙台へ帰ってきた。まさに6DAYSエンデューロだった。 ♪みちのくぅ〜♪ひとりぅぃ〜たびぃ〜ぅぃぅぃ〜♪♪ 次回は、初のSIRIESエルニドに参戦いたします。遠いなー。でも九州より近いかー。
藤原広喜プロフィール1962年1月29日生まれ
岩手県一関市出身。'78 高校1年の時にミニエンデューロに初出場で初優勝!トライアルでジュニアに昇格/'82 にモトクロスデビュー/'83 全日本で2回優勝しノービスクラス東北チャンピオン/'84 全日本で2回優勝しジュニアクラス東北チャンピオン/'85〜'90 5年間で国際B級として東北チャンピオンを3回獲得。この間出身地に近い藤沢スポーツランド設立に協力/'91 国際A級昇格。エンデューロに初参加し「日高2Day'sエンデューロ」3位入賞/'93年からヤマハと契約し「日高2Day'sエンデューロ」で優勝。USA BAJA1000に出場するも残念ながらケガの為リタイヤ。しかしロサンゼルスで楽しい入院生活を送る。他にもエンデューロスクール、マーシャル、デモンストレーション等で活躍しながら、ヤマハ発動機販売(株)の普及活動、ライディングスクール藤沢スポーツランドの運営に協力/'95 「ISDE(インターナショナル6Day'sエンデューロ)ポーランド大会」に初出場し175クラス95位で完走/'96 「ISDEフィンランド大会」に出場し昨年同様日本人2名完走、125クラス46位でシルバーメダルを獲得。またアメリカ・ネバダ州で開催された「ペガスTOリノ」では5位入賞を果たす。/'97年、「ISDEイタリア大会」に出場し、125クラス86位でシルバーメダルを獲得/'98 WR400Fの普及の為、(株)プレストコーポレーション及びヤマハとライダー契約を結ぶ/'00 「ISDEスペイン大会」に出場、175クラス65位でシルバーメダルを獲得/'01からはWR250Fの普及の為(株)プレストコーポレーションと契約。またスポーツランドSUGOのオフロード部門に社員として在籍しSUGO 2Day's ENDURO などの運営に携わる/'06 初の日本代表チームとして「ISDEニュージランド大会」に出場、22カ国中15位、個人としてE1クラスで63位シルバーメダルを獲得 |
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