ホームプレまぐ! > 藤原広喜のエンデューロ参戦記
Photo

ライダーと主催者の情熱が支える21回目の木古内

昨年の20回、20年を節目に終了との噂もあったが、ライダーの開催して欲しい強い要望と、主催者の情熱で21回目が開催された。エイプリルフールには

「豪雪のため中止」

などと、冗談に取れないお茶目な?アナウンスもあったが、本当に豪雪を乗り切っての開催(マジです)となった。
我々もSUGO 2DAYSの20kmの開拓を毎年行っているのだが、木古内の1周約50km(!)のコース作りは想像以上の努力、動力が必要だったに違いない。心から感謝申し上げます
その情熱と努力がライダーに伝わり、今回は過去最高?の全国から220台の参加者が集まった。前回の覇者である渋谷君はケガが完治しておらず欠場となったがそれ以外、まさしく全日本と言える兵どもが集結。

「今回は渋谷君が居ないから優勝でしょう」

などとプレッシャーになるお言葉を多々頂いたが、鈴木健二君も出場するので結局誰が勝つのか分からない面白い状況になってきていた。

さてスタート前。え〜。

Photo
左:宣誓!え〜…。後で「え〜禁止!」とか言われた。 右:反対に淡々と宣言するNR王子。
渋谷君が欠場なので、2位だった私が選手宣誓を行うことになった。走るより緊張しながらも、

え〜、我々選手一同は、
え〜、 木古内町の皆さんの暖かさと、
え〜、関係スタッフの、
え〜、情熱と努力に感謝し、
え〜、崖から落ちない、水没しない、無事帰るをモットーに…
え〜、…

などと、「え〜」ばっかりの緊張した選手宣誓を終え、続いては九州男塾、NR王子の交通安全宣言。しかし彼はNRらしく、淡々と宣言し消えていった…(NRってのはノーリアクションのこと)。
ちなみにその前には町長の挨拶があり、その中で「木古内町は北海道新幹線の玄関駅、停車駅に決定した」との言葉にライダーからは大きな拍手が上がり、大いに盛り上がった。我々は町民ではないが、なんか嬉しい限りだ。 そんな中、鈴木健二監督や裕太郎が「緊張する緊張する!」を連発!それを聞いて、こっちも緊張してきた!が、みんながこれだけ緊張していれば、俺に勝算が・・・・などと甘い考えも。

感激のパレード&スペシャルケータリングサービス(笑)。

Photo
左:いよいよパレードスタート。 右:かわいい応援もうれしい。

そして恒例、選手紹介と会場までのパレードが始まった。いつもお世話になっている民宿の伯母ちゃんも応援に駆けつけてくれて、回を重ねる毎にますます町民に親しまれる大会と成長し続けているのがわかる。沿道にもたくさんの町民が手を振ってくれる。みんな笑顔で。毎年そうだけど、これだけで感動もんです。目がうるうるしちゃいます。
パレードが終り、会場のピットへマシンを入れる。今回のピットは皆さんには申し訳ない位に大きいピットである。まずはケータリング用で、10m×6mの大テント、更にライダー1人ずつ3.6m×3.6mの格好良いプレストテントなのだから。ケータリング用テントは世界GPMXと同様、床付だもんね。そこで2日間、プレスト社員様が作ったうどんにカレー、特に日曜日は恒例、社長自らのお待たせグランパカレー&けんちんうどん。
お世辞でもなく、ごますりでもなく、本当に美味かった。土曜日のうどんとカレーも美味かったがそれに輪を掛けて、特にグランパ特製のうどんとカレーが美味かった!いつもはレース後体重が減るのに今回は増えてしまった。それも、今まで経験したことのない大台に・・・って食い過ぎだ。
でもお陰様で2日間体力が持ちました。ありがとうございました。次回もよろしくお願い致します。みんなも期待いたしておりますよ。

Photo
左:グランパ奮闘中。 右:完成間近。マジうまそう。

またサポート体制も充実しており、我々Dr510軍団はライダー8名サポート9名。これまた今までにないぐらい完璧な体制である。レースは1人で出来ない。サポートが大事なんです。
そして、レース30分前には恒例、おはぎタ〜イム。オハギングなのだ。我々のサプリメンツは、おはぎと、梅干なのだ。ウメボシング!!…ただ、一緒には食べないよ。
レース前はおはぎで炭水化物と糖分補給、レース中は梅干で、アミノ酸や塩、ミネラルなど補給。実に理にかなっている。自然の食べ物から摂取するのが一番でしょう!と言いつつ、ウイダーのビタミンとエナジーもピットごとに取っているけどね。これって食べ過ぎかな?
でもどこかのオリンピック選手もおはぎを食べているんだってよ、俺の真似して(ってホントか?)

Photo
左:建ち並ぶピットのテント。 右:ケータリングテントはこんな感じ。広い。

いよいよレース初日がスタート!

おはぎを食べたら、ライダーズミーティング。コースの説明などがあり、昨年転倒者が多かった川の岩盤は、向こう3年間は使用できなくなり走り納めらしい。転び納めでもある。 1分おきにゼッケン順に5台づつスタート。今年のフロントローは(1)私藤原、(2)博田君、(3)裕太郎、(4)マサトン、(5)石井さんである。これは初めからバトル間違いなし!!石は飛んでくるし、このメンバーとは走りたくありません!! ってみんなそう言っていたし、自分もそう思う。石が当ったら痛いだろうな〜。特に博田君と石井さんは2stマシンなので、要注意だ。
スタートで飛び出したのは、果たしてその石井さん。石が当らないようにピッタリ真後ろにつけ川原を抜ける、林道に出てからもピッタリマーク。そこから先はいつもと違うルートで、石井さんが迷っている隙にトップに踊り出る。ウッズや伐採道を抜け、また林道へ。ブッチギリたいところだがスピードに目がついて行けず、動作が遅れ気味でイマイチ調子が出ない。
Photo
左:いざスタート! 右:豪快に川を突っ切る。

林道の分かれ道で一瞬動作が遅れ、コースアウト寸前でクリア〜♪…の予定だったが、後ろから博田君にトン!とリアタイヤを押され(これは後で聞いた話だが)、結局ザザザザザ〜〜〜っとスライド転倒!!この集団のビリとなった。目がスピードについていかないのは乗り込み不足でしょうがないことか。

今年は3月から2DE、4月は全日本MX5月は世界GP開催。その間も、主催イベントがあり、東日本2DEをぶっつけ本番で乗ったぐらいで、それっきりだったものでね。ちょっと言い訳してみました
Photo
左:プレストさんの社長、キャラ立ち過ぎ。 右:裕太郎と鈴木監督、バナナで栄養補給。
Photo
左:わたくしはおはぎタ〜イム! 右:マサトンもバナナですか?

その後、博田君を抜き(実は覚えていない)、裕太郎とバトルを繰り返し、1周目はトップと1分12秒差の3位でクリア。2周目もバトルを繰り返しながら、順位を入れ替えながらの走行。この周はマサトンに追いつき、彼とのバトルだ。2周目にもなると目もスピードに付いて来て、うまく走れるようになってきた。明日は満足できる走りが出来るぞ、といい感じに捉えられるようになった。
4番目にゴールしたが、2周目のスタート時間が違うので結局この周も3番目のタイムとなり、初日の結果はトップから1分37秒遅れの5位となった。1位石井さん、2位裕太郎、3位鈴木監督、4位マサトン、6位、博田君。7位以降はタイムが離れているため、優勝争いはこの6人に絞られたようだ。
明日のスタートは博田君と鈴木監督が入れ替わって1組目スタート。…ますます飛び石が痛そうである。 さてマシンはと言うと、1周目、浮石にサスペンションが合わず、どうってことない所で転倒したりしていたので、前後とも戻りが早くなるよう柔らかめに調整した結果、2周目からは少し解消された。フロントフォークの油面を10mm上げてきたのが良くなかったのか、少し突っ張り感がある。明日のスタート前はタイヤと、水が入ったようで何度かエンストしたのでエアクリーナーの交換とともに、サスペンションの調整もしよう。
レース後、プレスト特製うどんとカレーセットを平らげ、交流会に向け宿舎に戻る。

Photo
左:初日が終了、だいぶ勘が戻ってきた。 右:プレスト特製うどんとカレーセットを皆で食する。

そして2日目。

30分間の整備時間で予定通り交換・整備し、車両保管に。ミーティング後、8:00からスタート開始だ。
スタートは石井さん以外全て(つまり4台)がWR250F。セルを回していざスタート!って時にエンストし、一歩遅れてのスタートとなってしまった。遅れた分埃がひどいので間隔をおいて走ることにした。以前BAJAに行った時、埃の中を無理して走ってクラッシュしたことがあったのだ。とにかく埃が切れるまで慎重に走ろう。
中間ポイントに近づくにつれ、マサトンが見え、裕太郎が見え、石井さんまでもが見えてきた、後ろからは鈴木監督が追いつき、5台縦列走行!!
Photo
左:えらい接近戦。ハードだが面白い! 右:思い切りと繊細さが要求されるコース。

中間ピットで、全員同時にチェック!!石井さんが遅れ、WR250F軍団が上位独占だ。裕太郎が転倒し、3位で1周目クリア。まだ、みんな並んだ状態である。
2周目はこのWR軍団4台が同時スタート。以前にこんな台数が2周目同時にスタートしたことがあったのだろうか?ギャラリーは盛り上がり絶頂!!である。
この周はトップでスタートでき、楽に中間ピットへの予定だったが、ロールオフゴーグルが壊れてしまいコンタクトレンズ使用の私はやってはならない、ゴーグルを外しての走行で中間ピットへ、そしてここでゴーグルを交換。この間に鈴木監督に抜かれ、さらに何でもないところで転倒し、裕太郎に追いつかれる。この周3番目のゴール。

Photo
左:このあと4台同時にスタートとなる。 右:川底の岩に捕まり裕太郎が転倒!
Photo
左:チャージ開始!じわじわと追い上げて行く。 右:この時点で先行する鈴木監督も視界に入っていた。

そして3周目へ。調子が戻ってきたことと、廻りのライダーの疲れが見えてきたので、この周からチャージ開始だ。僕より1分前に、監督と裕太郎がスタートしているので、追いつけばこの周のトップタイムとなる。作戦どおり、裕太郎が見え、監督の埃までが見えるようになってきた。時おりその姿も確認できる。こりゃあイイ感じである。4周目は、もしかしたら…と、思ったもつかの間、再スタート地点にマシンが並んでいる。なにやら救護活動で一時中断らしい。
以前も同様の事があったので、戸惑いもなく本部で待つことに。これはラッキー、と言うのも前回は2回?とも山の中で過ごしたからね。本部は食べ物もあるし、ゆっくり休める。今回は濡れたウエアーを着替えたりもした。しかし、私の追い上げもここまでかなとも思った。みんなエネルギーを蓄えれば、元気に走ることが出来るからだ。
ここまでで鈴木監督の1位はほぼ確定。このまま中止になれば、俺が2位かな?などと思いながら、結局2時間?の中断後再スタートとなった。

Photo
左:再スタート。体力は回復しているが、それは皆も…。 右:鈴木監督がそのままチェッカーを受ける。

再スタートの手順はこの場所に着いた順、数秒おきにスタートだ。これは全ての地点(山の中にも十数か所あるのかな)で、同じである。有利になるライダーも居れば、不利に働くライダーも居る。が、私はいっつも不利になってしまう。だから木古内は鬼門かなァと言ってしまうのである。
僕より3分遅れてスタートするはずの選手も30秒後ぐらいにはスタートしてしまうのだ。自分も主催者であり、主催者の苦労もわかっているので、複雑な心境である。そんな事をも跳ね返すぐらいのタイムで走れって事なのだろう。勝つには、運も必要なのだ。
4周目、満足行く走りも出来、マシンもセッティングが出て完璧な周であったが、みんなもしっかり走れたようで、タイムは縮まらず。

Photo
左:全く乗っていなかったので、これは健闘のうちでしょう。 右:石井さんに続き3位でチェッカー。

総合結果

1位鈴木 健二7:50:18
2位石井 正美7:51:23
3位藤原 広喜7:51:46
3位内山 裕太郎7:53:12
3位高橋 政人7:55:21
チーム優勝 藤原、内山、高橋のチームプレスト&ミシュラン
自分自身の優勝は逃したものの、2位の石井さんを除きWR250Fが表彰台独占!
Photo
左:戦いすんでみんなで記念撮影。 右:表彰式。また来年、そして今度こそ一番高いところへ!
Photo
左:文句なしのチーム優勝。シャンパンで祝います。 右:アイ アム イチバ〜ン!ではなくジャンケンです。

木古内のレース開催中止の噂もあるようですが、私が優勝するまでは、開催しつづけるそうです。ご安心を???
今回の成績はさておいて、レース的には面白かったな〜。これだけからんで走ったこと無いもんね。
これでギャラリーが山の中入れるようになったら、少しは人気も出るのかな?今後のED界のテーマですね。何とかしなければ。
次回は、月山その次は九州2DAYS EDの予定です。

マシンの仕様

タイヤ
フロントミシュランコンペIV90/90-21ビブムース 半年使用したもの(ビードストッパー付)
リアミシュランコンペIII140/80-18ビブムース 半年使用したもの。
サイズ120(ビードストッパー付)
サスペンション
フロント突き出し6mm 油面 10mmアップ(標準がいいと思う)
リバウンド:最弱から3段目、コンプレッション:最弱から6段目
リアスプリング(標準より2巻き弱く)
リバウンド:最弱より5段、コンプレッション:低速 標準/コンプレッション:高速 標準
エンジン
キャブレターノーマル
マフラートムス製チタンマフラー 94db
その他
ハンドルステルス ランディーLow
アッパー
ブラケット
ステルス3本ボルト締めタイプ
バーマウントの高さ45mm(フォークを突き出しているので実質10mm高いぐらい)
ハンドルガードアチヤルビス(MXタイプ)

藤原広喜プロフィール

1962年1月29日生まれ
岩手県一関市出身。'78 高校1年の時にミニエンデューロに初出場で初優勝!トライアルでジュニアに昇格/'82 にモトクロスデビュー/'83 全日本で2回優勝しノービスクラス東北チャンピオン/'84 全日本で2回優勝しジュニアクラス東北チャンピオン/'85〜'90 5年間で国際B級として東北チャンピオンを3回獲得。この間出身地に近い藤沢スポーツランド設立に協力/'91 国際A級昇格。エンデューロに初参加し「日高2Day'sエンデューロ」3位入賞/'93年からヤマハと契約し「日高2Day'sエンデューロ」で優勝。USA BAJA1000に出場するも残念ながらケガの為リタイヤ。しかしロサンゼルスで楽しい入院生活を送る。他にもエンデューロスクール、マーシャル、デモンストレーション等で活躍しながら、ヤマハ発動機販売(株)の普及活動、ライディングスクール藤沢スポーツランドの運営に協力/'95 「ISDE(インターナショナル6Day'sエンデューロ)ポーランド大会」に初出場し175クラス95位で完走/'96 「ISDEフィンランド大会」に出場し昨年同様日本人2名完走、125クラス46位でシルバーメダルを獲得。またアメリカ・ネバダ州で開催された「ペガスTOリノ」では5位入賞を果たす。/'97年、「ISDEイタリア大会」に出場し、125クラス86位でシルバーメダルを獲得/'98 WR400Fの普及の為、(株)プレストコーポレーション及びヤマハとライダー契約を結ぶ/'00 「ISDEスペイン大会」に出場、175クラス65位でシルバーメダルを獲得/'01からはWR250Fの普及の為(株)プレストコーポレーションと契約。またスポーツランドSUGOのオフロード部門に社員として在籍しSUGO 2Day's ENDURO などの運営に携わる/'06 初の日本代表チームとして「ISDEニュージランド大会」に出場、22カ国中15位、個人としてE1クラスで63位シルバーメダルを獲得