ホームプレまぐ! > 藤原広喜のエンデューロ参戦記
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ISDE(インターナショナル シックスデイズエンデューロ。今年は、ポーランド)から帰って2週間後にHTDE(日高ツーデイズエンデューロ)、北海道は日高町に行ってきた。4年間休止していて、待ちに待った日本一のイベント再開である。昨年再開の予定が、台風災害により1年延びて今回に至った。
その台風災害により、走行ルートも変更に変更を重ね、以前のルートに繋ぎ合わせたり、新たなルートなど、主催クラブ代表 神保さんはじめ、スタッフの皆さんの努力に感謝、感謝で、頭が下がる想いです。ありがとうございます。

オンタイム制

オンタイム制とは、世界選手権エンデューロであったり、ISDEのルールで、ルートでの区間タイムが設定してあり、設定時間の遅着、早着のペナルティーと、区間内のSS(スペシャルステージ)ET(エンデューロテスト)CT(クロステスト)のタイムで競われるスタイルであり、よーいドン!一番早くゴールした人が1位とは、違ったものである。
1993年のこの日高で、日本初のオンタイム制のエンデューロが開催された。
その頃は、このヨーロッパスタイルのエンデューロなんてほとんどの人が理解しておらず、その中での初開催。レース中にタイムコントロール(休まなければならなかったり)があったり、早く走ったのにペナルティーを、喰らったり(早着なのだが)、レギュレーションを理解していないライダーや、このレギュレーションはおかしいというライダーが、ほとんどだったり。車検が厳しく、そこで問題が大きくなったりと、大変な大会だったが、日本のエンデューロの歴史を変えた大会でもあった。というのも、疑問を持ったライダーや、本物を知りたいライダーが、その後続々と、ISDEに参加して行ったことや、この日高がオンタイム制を継続し続けたことにより、ライダーが目的や面白さを理解できるようになったことが挙げられる。私もその一人であり、ISDEに何度も参戦し、今ではSUGO 2DAYS ENDUROを開催するまでに至ったのである。とにかく、日高は日本一の、格式、内容のエンデューロ大会で、我々ライダーに大きなインパクトを与える大会なのです。

4年ぶり

仙台からDr510軍団とフェリーで苫小牧に到着。苫小牧のチーム員、マサトンこと高橋君の勤める2&4というバイクショップに立ち寄り、日高までの道を聞き、いざ出発。4年前は無かった、高速道路が出来ていたり、ISDEにサポートで来てくれた平地君とポーランドと変わりないね、などと話しながら快適にドライブ。途中からは懐かしい景色を眺めながら、“日高だ〜"と、やっぱり特別な大会なんだな〜と思いにふけっていた。

あ〜懐かしい〜 あ〜楽しみ〜

現地に着いたら、後から来るはずのマサトンが、既に受付を済ませていた。流石ジモピーは、速いなー。って言うか、二風谷寄ったり道の駅寄ったり、ゆっくり来すぎだっつ〜の。受け付けを済ませピット設営し、車検の前に日高町内を軽く走ってマシンの調子を見たり、バッテリーが上がり気味だったので、充電の意味でも30分ぐらい走った。テストコースらしいのを近くに見つけたので、車検を済ませた後、夕食前にみんなで歩いて行くことにした。バイクでは1分ぐらいなのだが、歩くと遠く20分位かかったものと思われる。ぶつぶつ文句を言われる。メンバーは仙台はDr510軍団、静岡のレアルエキップ、茨城のチームタカノ、北海道の2&4の面々。今回はこの1箇所しか下見できなかった。17時からの夕食を7時からと勘違いしていた我々は、「既に夕食始まっているよ」の電話に、夕暮をあわてて帰った。風呂にも入らず即夕食。夕食後はライダーズブリーフィングで、変更点などの説明があった。また、イギリスから、いつも我々がISDEでお世話になっている、ベルナード夫妻が来日(ISDEメンバーがカンパを募って来日)
顔を真っ赤にしてのスピーチが可愛かった。(65歳)その後、部屋に戻って明日のタイムテーブルの作成。(ガムテープに書き込み、ハンドルに貼り付けるという、お粗末なもの。でも一番わかりやすい)風呂に入って早めの就寝。

10月9日(土)レース初日

Photo 2台ずつ1分おきにゼッケン順のスタート。ゼッケン1番の私は7時15分パークフェルメ(車輌保管)入場。5分後の7時20分ワーキングエリア(整備できる場所)入場、7時30分スタートである。5時半起床、ライディングギアに身を包み、6時半朝食。7時には会場に移動しテント設営やタイヤ、ガソリン、工具などを準備し、7時15分の入場時間を待つ。朝一、掲示板に1周目のテスト区間の計測はしない公式通知が貼ってあった。

愈々スタート。

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同時スタートはゼッケン2番の久保田さん。イケイケオヤジ(ゴメン)なので、要注意人物だ。7時30分フラックが振られエンジン始動!暖気しながらお互い牽制しあいゆっくりスタート。コースマーカーを頼りに一般公道を走る。1分ぐらいでCT1(クロステスト。モトクロステストと言った方がわかりやすいか) に到着。ここは昨日下見していた場所なのだが、草の根が、モコモコあって、飛ばされそうな感があったので慎重に走る。わざと草の根の上を走り、どのようなモコモコ感なのか確かめながらも走った。通り抜けるとまた、舗装路が2‾3Km続き、山の中へ。熊笹の刈り払った中を過ぎると、広大な牧草地を二山、三山越える。日高の町並みが遠くへ見えて、北海道らしい光景だ。
マーシャルが先に見えてきて、よっご苦労さん!のはずだったが、それはマーシャルではなく、ゼッケン6番の市川選手であった。それを見た瞬間、“ピーン"と、どこでコースカットして来たかがわかった。CT1を飛ばしてきたのだ。コースマーカーはしつこいほどに貼ってあったのに、見逃すなんて、“おみごと!"の一言に尽きるが、流石!市川犬である。呼び止め、コースカットを説明する。本人は、現実に戻れず、ん〜??ん???。とにかくCT1を走れ!!ってことで、1〜2分要した。10分ぐらいで舗装路に出たので、多分大丈夫だったんだろう。あとで聞いた話によると、その後伊藤選手に道を尋ね、何とか戻ったらしいが、5分ぐらい説明を受けていたようだ。
ED1を抜け、本部をかすめて、いやらしい玉石の川渡りがあり、線路後の溝越えでクラッシュしそうになりながら山の中へ。林道を走りまた、川を渡って中間タイムチェックに着いた。時間調整の為、マシンを降りようとしたら、サポート隊が、行け〜!行け〜!!と、騒いでいる。時計を見たら既に2分過ぎている。“ゲ〜ッ"遅着じゃね〜か。やっべ〜。久保田さんと仲良く1分のペナルティーを喰らった。市川犬の野郎〜!覚えてやがれ!! Photo その後のルートは、飛ばす飛ばす!。ET(エンデューロテスト)も、1周目は計測しないのに、速いのなんの。次なるタイムチェックには15分も早く着いてしまった。ここの区間はそんなに飛ばさなくとも間に合うようだ。このタイムチェックを抜ければ、本部まで舗装路のみ。ゆっくり走ることにした。それでも5分以上は余裕があるようだ。このコースを本日は3周。2周目からは、SS(ET,CT)で、タイム計測が始まる。
マシンの調子はというと、フロントサスペンションは、ISDEに持って行って、セッティングも煮詰まったもので完璧。リアサスペンションも、ヨーロッパで覚えてきたセッティングに変更したら、これも完璧に仕上がり、足回りは超完璧!!エンジンは、シーズンインと共にメインジェットを変えたぐらいでこれもバッチリ!ハンドル回りも、トップブラケットを変更し、ハンドル取り付け位置を手前に持ってきて、ポジションもバッチリ。久々に完璧なマシンに仕上がった。乗るのが楽しくてしょうがないWR250F藤原SPだ。250FのFは、FUJIWARAのFではないかと思うぐらい、最高!!のマシンである。タイヤは、ISDEではメッツェラーを履いて苦労したが、今回はミシュランのコンペ。ヨーロッパではミシュランじゃないと勝負できないよと、向こうのライダーが行っていたのを思い出す。
ライダーはというと、ISDEで練習から含めると10日間も走りこんできたのが効いて、ひらりひらりと体も軽く調子が良い。 ペナルティーもなんのその。なんと初日は、総合1位!!
始めのペナルティーで火がついた走りが良かったようだ。市川犬に感謝しなければならないのか??結果オーライの初日であった。

2日目

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今日は、昨日のコースを2周し、午後からファイナルクロス(4周のモトクロス)である。区間の設定タイムも昨日より緩くなった。遅着が多く一般道でスピード違反が多かった昨日の反省なのだろう。こういった素早い対応が、長く続けていける要素のひとつなのだろう。流石ヒダカ!!
スタート時間は昨日と一緒。スタート順は昨日の完走者のゼッケン順。ISDEにいつも一緒に行っているゼッケン3番のイトゥーさんだ。2日目は1周目からSSでのタイム計測がある。CT1はスタート直後ということもあり、エンジンオイルがまだ硬く、ギアが上手く入らなかったり、ムースタイヤがまだ馴染んでなく、ホイールスピンしているはで、タイムが伸びなかったと思われる。ED1までそれが続き、昨日の貯金も使い果たしたかな?
中間ピットを過ぎたあたりから、スピンも直りED2からは、攻めの走りが出来た。2周目はCTからほぼ完璧に走れたので今日も良いい線行っているだろう。
約2時間のインターバル。本日合流したプレストサポート隊(社長始め社員の皆さん)のグランパカレーに舌鼓を打ちファイナルクロスのエネルギーを蓄える。(いつもありがとうございます。頑張れます。頑張らなければと思います)
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ファイナルクロスはCT1の場所でコースを一部変更したコースになる。レースは約30台ずつ2クラスに分けて、4周のモトクロスレースなのだ。サイティングラップを2周し、成績順にスタート位置に着く。エンジンスタート、突然フラックが下ろされスタートだ!こんなこともあろうと、早めに対処していた、高橋君がホールショット、続いて僕が1コーナーに飛び込んだ。高橋君はオーバースピードでアウトに膨らみ、その間にインについてトップに躍り出る。少し体が硬く、力が入っていたのでリラックス、リラックスと言い聞かせ走る。
あっちこっちで応援団が手を振る、のぼりを振る、大声での応援と、ますます力が入ってしまうが、2位争いでチーム員のマサトンとユータローが激しくバトッテいる間に、差を広げ、トップでチェッカーを受けることが出来た。チーム プレスト、ワンツースリーである。完璧!!
このファイナルクロスを終えての、“あ〜終わった"って言う達成感と開放感が、なんともいいんだな〜。ありがとう日高!そして主催者の神保さん。表彰式の涙、もらい泣きしました。そしてスタッフの皆さん、あなた方の努力、ライダーは感じています。感謝しています。少しお粗末な部分?もありましたが、みんな期待しているので来年もよろしく願います。
結果総合1位 藤原 広喜
E-1クラス1位藤原 広喜 ゴールドメダル
2位高橋 正人ゴールドメダル
3位内山 裕太郎シルバーメダル

マシンの仕様

  
タイヤ
フロントミシュランミシュラン コンペ90/90-21
ビブムース90/90-21
リアミシュランミシュラン コンペ130/90-18
ビブムース100/90-18

*ビブムースは雨を想定して古い痩せたタイプを使用した。それでホイルスピンしたものです。古いムースにはビードストッパーが必要ですね。(ムースの場合、ビードストッパーはつけたことがありません)

  
サスペンション
フロント'03 YZ450FにスプリングをWR250Fに変えたもの。油面低目。
リア'03 YZ450FにスプリングをWR250Fに変えたもの。1G100mm。

フロントは初期作動が硬く感じられたのが、油面調整で解消できた。
リアは1Gの測りなおしと、高速側(17ミリの調整)を強めにし、低速側を標準ぐらいにしたら、ガツガツ感が解消。F,Rとも完璧なものとなった。

  
エンジン
全くのノーマル。マフラーをチタンマフラーに変更。
メインジェットは172番。
次回はジャパンオープンエンデューロ(熊本)に参戦いたします。
また、ISDEレポートは、仕事がひと段落着く11月末ぐらいに書き上げます。
来年も行きたいな〜。

藤原広喜プロフィール

1962年1月29日生まれ
岩手県一関市出身。'78 高校1年の時にミニエンデューロに初出場で初優勝!トライアルでジュニアに昇格/'82 にモトクロスデビュー/'83 全日本で2回優勝しノービスクラス東北チャンピオン/'84 全日本で2回優勝しジュニアクラス東北チャンピオン/'85〜'90 5年間で国際B級として東北チャンピオンを3回獲得。この間出身地に近い藤沢スポーツランド設立に協力/'91 国際A級昇格。エンデューロに初参加し「日高2Day'sエンデューロ」3位入賞/'93年からヤマハと契約し「日高2Day'sエンデューロ」で優勝。USA BAJA1000に出場するも残念ながらケガの為リタイヤ。しかしロサンゼルスで楽しい入院生活を送る。他にもエンデューロスクール、マーシャル、デモンストレーション等で活躍しながら、ヤマハ発動機販売(株)の普及活動、ライディングスクール藤沢スポーツランドの運営に協力/'95 「ISDE(インターナショナル6Day'sエンデューロ)ポーランド大会」に初出場し175クラス95位で完走/'96 「ISDEフィンランド大会」に出場し昨年同様日本人2名完走、125クラス46位でシルバーメダルを獲得。またアメリカ・ネバダ州で開催された「ペガスTOリノ」では5位入賞を果たす。/'97年、「ISDEイタリア大会」に出場し、125クラス86位でシルバーメダルを獲得/'98 WR400Fの普及の為、(株)プレストコーポレーション及びヤマハとライダー契約を結ぶ/'00 「ISDEスペイン大会」に出場、175クラス65位でシルバーメダルを獲得/'01からはWR250Fの普及の為(株)プレストコーポレーションと契約。またスポーツランドSUGOのオフロード部門に社員として在籍しSUGO 2Day's ENDURO などの運営に携わる/'06 初の日本代表チームとして「ISDEニュージランド大会」に出場、22カ国中15位、個人としてE1クラスで63位シルバーメダルを獲得