ホームプレまぐ! > 藤原広喜のエンデューロ参戦記
I am フレディー。ジェイソンと2人でおまえらを潰してやるー!!がレース前AAGPのHPに載った私のコメントだったが、真っ先に、潰され、踏まれたのは、自分だった。…ゼッケンは13…

お仕事

今回のレースはSUGOで行われる。私の職場でもある。
アメリカからGNCCの(アメリカのアメリカ式エンデューロ。ヘアースクランブル)トップライダー(ランキング2位)のジェイソンレインズ選手が2年連続で来場である。昨年は金曜の夕方入りなのだが、雑誌社の取材があるとのことで、1日早い木曜の夜に到着。そして金曜日は朝からエンデューロコースに消え、取材である。
彼は先週ブラジルでのISDE(インターナショナル、6DAYS ENDURO)が、終わったばかりで、ブラジルから自宅まで18時間、準備をしてすぐ日本へ13時間?真夜中に到着し、翌日は朝早くから疲れも見せずに取材。まったくタフな奴だ。
ラッキーなことに、その取材に、私も道案内役で同行し、彼の走りを見ることが出来た。取材で彼の言っていること、考え方などは翌日のスクールでお話した通りだが、そのうち、このHPか、雑誌等で、紹介しようと思います。例えば、轍。我々は、轍に嵌るから、深い轍は避けましょう。そんな風に思っていたのだが、彼は、
「いつまでも轍の中を走行していたら、足をバタバタ、疲れるでしょう。だから轍を横切るラインを探すんだよ。その方が疲れないでしょう?」
これはひとつの例だが、ライディングと言うより、考え方の違いを大きく感じた1日だった。そして、レース当日、しっかり見せてくれた。

スクール

今日、土曜日は、ジェイソンのスクールである。このスクールのサポート役で、全日本MX IA250クラスゼッケン2番の小池田君。そして、なんと、この私である。朝一で打ち合わせをし、昨日取材した中身を、レベルに合わせて進めることになった。ラインの選び方。丸太越えでの前輪上げ。壁登り。下り。長い登り。長い下り。等々行った。ちょっとかっこ悪いので、フロントアップ。ウオールクライム。アップヒル。ダウンヒル。And ジャンプなど teach した。が,良かったかな? 私は、キンチョーのあまり、ひっくり返ったりもしたが、スクール生のどよめきの中、何とか無事終了した。やはり本物の走りを見るって、タメになるものです。明日はレース。少しでも絡んで、彼の走りをもっと見てみたいものです。

当日

いよいよレース当日。午前中はFUNエンデューロ、ビギナー向けのED。そして正午、AAGPがスタートする。天候にも恵まれ、暖かくジャージ1枚でOKだ。昨年は霜が降りて大渋滞の大騒ぎだったが、今年はスムーズにレースが進行している。週間天気予報が雨だったので、雨を想定したコース設定が良かったのだろう。今年は昨年より少しはレースに専念できそうだ。(昨年は当日も仕事で忙しくレースどころではなかったからね)

選手紹介

AAクラスは1人1人マシンごと台に登り、主催者である星野社長自らマイクを持って、コメント付での紹介がある。

「仕事モードからレースモードに切り替わってますかー?」

の呼びかけに対し、首を横に振る。未だなんか疲れも残り、レースが上手く進行するか気になる・・・
そして最後に、GNCCランキング2位の、ジェイソンレインズ選手の紹介があり、盛り上がったところで、いよいよレースが始まるのである。

ドキドキ!

レース

くじ引きによるスターティンググリット決めがあり、私は6番目に選べる事になった。昨年は30番めで、二列目スタートだったので、今回はラッキーなのである。が・・・(ジェイソン君は3列目スタート)
いよいよ日章旗が振られ一斉スタート!! おりゃ〜〜!インに突っ込め!!インにマシンを寄せようと思ったら、そこへ来るはずも無いマシンが突っ込んできた!!フライング??行き場を失った私は真っ直ぐ行くしかなく・・・
しかし、そこは第1コーナー。みんなコーナーリングしちゃっている。あ〜〜〜行き場が・・・転ぶのはいやだ〜〜!!の思いとは裏腹に、やっぱりクラッシュ!!後からマシンが来る!!力を抜け!!(力を抜くのが怪我防止につながる。踏まれても大丈夫なのだ) 3台?のマシンに轢かれ・・・

“う〜”

やべ〜。早く立ち上がんないと、Aクラスがスタートしちまう。
何とか立ち上がり、マシンのダメージをチェック。レバー類を手でバシバシ叩いて直し、いざレース本番である。体はというと、打撲程度で痛みも無く再スタート準備OK。転んで良かった事は、頭の冷静を制御する神経がブチブチ切れ、仕事モードから完璧!レースモードへなったこと。
全開だ〜!!うりゃ-!!どけどけ〜!!藤原様のお通—りだ〜!!おりゃ〜!!の叫びもむなしく、パンパンに腕があがってしまい・・・とほほ・・
やっぱり冷静に!!リズムリズム。でも1周目に一桁の順位まで上がり。小休止。前のライダーに力を抜き軽く走ってみる。それでも順位が上がって行き、いい感じである。腕あがりも回復し、ペースを上げて行く。ユータローにマサトン、チームメイトを抜き去り、かなり良いペースだという事を知る。疲れもあるのだが、1人抜くたび、順位を上げるたび、疲れも何処かへ飛んで行き、益々調子良くなって行き、楽しいモードに入っちゃった。ここまで来たら、MXIAも、喰ってしまえ〜!!
今回の給油はワンストップ作戦。MXマシンは2〜3回の給油が必要になる。たぶんこの給油の間に佐合君を抜き、小池田君もリアのディスクパットにコーステープが絡んだのを取り除いている間に、なななんと!!2位まで上がっちゃった。“上がっちゃった” なのだ。バトルもせず順位が上がるって言うのも、なんか、と思うのだが。2位まで順位が上げると、益々絶好調!!ノリノリモード。“やっほ〜”“やっほっほ〜”逃げろ逃げろ〜!!結局ジェイソンには、やっぱりブッチギられながらも、日本人トップと、名誉ある信じられないスバラシイ結果となった。

表彰式

ジェイソンとのジャンケン大会などで、大いに盛り上がり、私も調子に乗って、ヘルメットをプレゼントしたり。
そして表彰式。賞金と日本人トップライダーのバカデカイカップをいただき、楽しい私の3日間が幕を閉じた。

今回のマシンの変更点

サスペンションを前後YZ450Fのものを使用。但しスプリングはWR250Fのものを使用した。今まで悩まされていたフロントの突っ張り感も解消され、ヨーロッパのマシンの様にブレーキ性能まで良く感じ、とても楽に走れるようになった。リヤも私にとっては、圧側の減衰力調整が足りなかった部分が解消され、完璧なマシンに仕上がった感がある。
取り外したフロントフォークのオイルはかなり硬くなっており、オイル交換をまめにする事をお薦めします。(今更ですがね)
何かWR250Fについて質問があれば、このHPに問い合わせください。お答えしたいと思います。またレース場などで見かけたら、気軽に声をかけて下さい。
ではまた、次週はクロスオーバーライド(兵庫)に行ってきます。レポートお楽しみに!!

藤原広喜プロフィール

1962年1月29日生まれ
岩手県一関市出身。'78 高校1年の時にミニエンデューロに初出場で初優勝!トライアルでジュニアに昇格/'82 にモトクロスデビュー/'83 全日本で2回優勝しノービスクラス東北チャンピオン/'84 全日本で2回優勝しジュニアクラス東北チャンピオン/'85〜'90 5年間で国際B級として東北チャンピオンを3回獲得。この間出身地に近い藤沢スポーツランド設立に協力/'91 国際A級昇格。エンデューロに初参加し「日高2Day'sエンデューロ」3位入賞/'93年からヤマハと契約し「日高2Day'sエンデューロ」で優勝。USA BAJA1000に出場するも残念ながらケガの為リタイヤ。しかしロサンゼルスで楽しい入院生活を送る。他にもエンデューロスクール、マーシャル、デモンストレーション等で活躍しながら、ヤマハ発動機販売(株)の普及活動、ライディングスクール藤沢スポーツランドの運営に協力/'95 「ISDE(インターナショナル6Day'sエンデューロ)ポーランド大会」に初出場し175クラス95位で完走/'96 「ISDEフィンランド大会」に出場し昨年同様日本人2名完走、125クラス46位でシルバーメダルを獲得。またアメリカ・ネバダ州で開催された「ペガスTOリノ」では5位入賞を果たす。/'97年、「ISDEイタリア大会」に出場し、125クラス86位でシルバーメダルを獲得/'98 WR400Fの普及の為、(株)プレストコーポレーション及びヤマハとライダー契約を結ぶ/'00 「ISDEスペイン大会」に出場、175クラス65位でシルバーメダルを獲得/'01からはWR250Fの普及の為(株)プレストコーポレーションと契約。またスポーツランドSUGOのオフロード部門に社員として在籍しSUGO 2Day's ENDURO などの運営に携わる/'06 初の日本代表チームとして「ISDEニュージランド大会」に出場、22カ国中15位、個人としてE1クラスで63位シルバーメダルを獲得