ホームプレまぐ! > 藤原広喜のエンデューロ参戦記

東日本シリーズプレシーズンとなるギャロップ X in KAWAUCHI

東日本シリーズが来年から始まる予定での、プレシーズン。
6月のマウントモンキースクランブルと、11月のハリケーンエンデューロAAGP、そして、10月、このギャロップーXとなる。もちろん、同じレギュレーションとなるわけだが、会場によって、若干変わる場合もあるようだ。今回のコースは、牧草地と、ウッズをうまく取り入れたレイアウトになっているコース設営で、スタッフがかなり頑張ったんだな〜と思える入り組んだレイアウト。そして、スタックしそうな所への、対策物など。分かっている人でないと出来ない技など。細部まで気を配っているスバラシイ大会である。
受付では、地場産品をいただき。地域と上手く関係を保っているのも、この大会の特徴でもある。
昨年は、スクールバス?で地元の方が応援に駆け付けたくらいだ。

予選

コーナーを立ち上がって 後方荷重で加速
これは予選の時の走りをオフパラの吉田さんが
撮ってくれたもの。コーナーを立ち上がったら…
しっかり後方に荷重をかけて直線の加速を稼ぐ。
フロントが浮き気味になってイイ感じ。
コーナー進入 一気にサスを沈める
コーナーの進入で一気に"前乗りテー"・リポート
体勢に移行!
そのままズバッとサスに体重をかけて沈めると!
ハイスピードコーナーリング完成 後方荷重で加速
ハイスピードコーナーリングの完成〜。
ど〜よ!
クイック&コンパクトなコーナーリングを目指してます。
このレースは、スターティングポジション決めの、予選がある。参加しなくても良いのだが、スタート順が後方になるので、走っておいた方が良いのである。明日のために体を解す。また、マシンのセッティングの確認にもなるから、走らないわけには行かないのだ。でも結構ドキドキするもんで、早めに走っちゃおうかな?とも思ったり、最後に“本日のトップタイム〜〜!!”などと、アナウンスされたほうが盛り上がるかな?な〜んて主催者側の立場にも立ったりするわけですよ。もっとも、ある程度ラインが出来た方が、タイム出し易いのでそれを待ったりしている。その間に、少しでも軽くと、マシンからガソリンを抜き、まるでF-1の予選のようだねなどと自己満足に浸り、いよいよ予選に挑むこととなる。コースは1周1,5Kmぐらいで、タイムが速い人で1分30秒を切る程度で、ワンミスで入れ替わる、超スプリント予選となっている。木古内常勝中の渋谷君が29秒台、北海道No1の高橋君が28秒台となっている。
そして私は・・・・・・・そこそこの走りが出来、26秒台に入れ、予定通り、ポールポジション取得である。 言い忘れたがとても天気が良く、ほこりが出る、ドライコンディションの中で、行われました。
マシンも良い感じでバッチリ!!タイヤもムース入れてるからバッチリ!!すべてバッチリ!!明日に向けてゆっくり休もう。

当日

早朝から、雨、雨、大雨!!あめ〜〜〜ってなくらい大雨。天気予報では午前で晴れるとのこと。本当に雨止むのかな?午前は、2時間のビギナーレースなので、午後晴れてくれると良いな〜と、などと自分勝手に思ったりしています。その午前のレースは、ほとんど帰ってこない大変な状況になって、「まだ相棒が帰ってこないんですよ」とウエアーが綺麗なライダーも、ただ笑うしかなかったようだ。ハハハ・・・ハッ・・・ハ〜。
時間が経つにつれ、雨足も弱まり、12時のスタート時間には何とか止んでくれた。コンタクトレンズを使用している私にとって、雨は天敵なのだ。とりあえず、ウエストバックにロールオフ付スワンズのゴーグルを入れ、走ることとする。雨に日は、と言うか、いつもロールオフ付ゴーグルを10セット用意し、ウエストバックにグローブとセットで入れており、ロールオフを使い切ったら、すぐに交換。給油でピットに戻ってはゴーグルも補充。視界確保が大事なのだ。見えないと走れないもんね。いつも、そんな準備をしています。

スタート前

上級クラスから、予選の順でポジションが選べる。一番イン側を選び、スタートを待つ。待っている間、他のライダーに、ちょっかいを出しながら他のマシンをチェックしていく。話はこの悪天候からタイヤの話になる。“九州男塾の連中は空気圧0なんだってよ”とか“ムースタイヤで、走らなきゃ練習にならん”とか。そんな話をしていると、もっと空気抜こうかななどと、作業を始めるライダーもいて、ムースタイヤで空気圧を換えられない私は、ちょっと不安が増していくスタート前のひと時であった。

“やるしかね〜べ!!”

レース

日章旗が振り下ろされ、愈々スタートである。

ホールショット〜〜!!

牧草地は滑る滑る。コーステープが張ってあり、行き止まりだ〜!!色んなことがあり、結局トップ5は、入れ代わり立ち代り、泥の掛け合い、轍でのスタックで、順位の入れ替えナドナド。醜い争いが続く。半周を過ぎると(このコースは1Km毎に小さな距離看板が設置されている)バラけて来て、単独走行。コースを見ると、タイヤの跡が1台?2台?誰が1位なんだろう?
しかし、本当によく滑る滑る。そしてキャンバー。マシンには栄養たっぷりの泥が着き重〜い。わざとギャップに入って泥を落としたりする。そして狐につままれたような、「あれっ、さっき通ったんじゃなかったけ?あれっ、また来たよ?対向車来るんじゃないか?」等と不安になりつつ、そんな訳ないよね、と、自分に言い聞かせ、とにかく前に進む。あ〜なんか、もう疲れた。これを3時間?どーしよう・・・やっぱり前に進むしかないのだ。ISDEに始めて参加したポーランド大会なんかは、鉄塔の下がコースになっており、木の根、泥、轍が延々20Kmにも及ぶセクションがあって、嫌になって後を振り返っても、走ってきたコースが(深い轍)遥か彼方、地平線まで続いている。やっぱり前に進むしかなく。「あ〜これって本当のエンデューロなんだな〜」と思ったものだ。1ミリでも前にマシンを進ませる。究極かもしれないが、これがエンデューロなんだよ。そんなことを思い出しながら、それに比べりゃこのコース

“へのかっぱさ!”

途中、各所にマーシャルが上手く配置され、そして応援してくれる。ハードなレースの時は、この応援が一番のエネルギー源になるんだよね。

“スタッフの皆さん、ありがとう!”

そんな応援に元気付けられ、やっとの事1周回って来た。ピットのサインでトップと5分差で2位という事がわかった。誰?と思っていたら“ユースケ”と大きな声が返ってきた。なんだユースケか、そのうちタレて来るだろう。マイペース、マイペース。のつもりが・・・結構あちこちで。それも、どーって無いところで、スライディング〜〜!周遅れをかわそうとラインを外して、クルクル回って見たり。誰もいないので、まっすぐ轍に入ったら、スタックしちゃったり。甘く見ていたわけじゃないけど、どーかしていたね。それでも2周目は調子良く、これなら行けるかな、なんて思ったりして。3周目の前にピットイン。

ユースケとは差が詰まって2分。

一気に詰まってこのままの調子と自分に言い聞かせる。ガソリンを入れ、ラジエターをチェック。おっーお〜!ラジエターキャップを外すと共に、大噴火!あっちっち!グローブに熱湯がかかり、あっちっち!素早くグローブを脱ぐも、ヒリヒリする。ラジエターに水を補給し(噴火したって事は水は減っていないってこと)新しいグローブ、ゴーグルを身に着け後1時間半頑張らねば。
手をヒリヒリさせながら、調子良く走っているがトップが見えてこない。途中ショートカットコースに入っていったら、轍が深く登れず返され、迂回コースでは渋滞を一気に抜こうと、勢いでキャンバーの上まで駆け上がり、そのまま滑って谷底へ・・・格好悪い。廻りのライダーに助けられ、やっとの事でコースに復帰。フラフラである。それでもこの周トップとの差を30秒詰めている。ユースケも、しくじっていたにちがいない。この周が今回の勝敗の分かれ目となった様だ。4周目(最終周)に入ると、スタックポイントが増え、コースも広くなったり、迂回になったり、スタッフが慌しく動き、スムーズに対処している。ラインがまったく無い渋滞のポイントは無く、渋滞しているものの、すり抜け、また新たなラインを探し、クリアして行く。渋滞の度、トップが居ないか?と、嫌らしく見廻すのだが、既に通過している様子で見当たらない。それでも最後まで諦めず追いかける。ゴール前も凄い泥、轍になっていて、ギャラリーの前でヨロヨロのゴール。
今回のコースは、川が無く、マシンに付着した泥は、どんどん厚くなり、マシンを重くして行く。体力勝負になってしまう。しかし、北海道のレースは、比較的、川を多く使っているので、洗車代わりになり、軽いマシンで走ることが出来、疲れにくい。川が欲しいな、このコース。川が無い時の泥落しは、先にも述べたが、わざとギャップに入ったり、水溜りに入ったりすると効果がある。

昨年の、写真は天気が良く肝と良さそうだったのに・・・

WR250Fに関しては、何の問題も無く、調子良く走ってくれた。よくラジエターが吹んじゃない?と言われるが、今回のコンディションで、他車のラジエターが吹いているのを横目に、まったく吹かず走れた。もっとも、やってはいけない事だが、水なしでも走れるマシンなんだよね、このマシン。
クラッチも木古内前に変えて以来、そのままなのだが問題は無いし、手のつけ様が無い。完璧なマシンなのです。

次のレースは、地元SUGOでのハリケーンエンデューロAAGP。
やる作業は、オイル交換と、エアエレメントの洗浄、タイヤ交換ぐらいかな。

藤原広喜プロフィール

1962年1月29日生まれ
岩手県一関市出身。'78 高校1年の時にミニエンデューロに初出場で初優勝!トライアルでジュニアに昇格/'82 にモトクロスデビュー/'83 全日本で2回優勝しノービスクラス東北チャンピオン/'84 全日本で2回優勝しジュニアクラス東北チャンピオン/'85〜'90 5年間で国際B級として東北チャンピオンを3回獲得。この間出身地に近い藤沢スポーツランド設立に協力/'91 国際A級昇格。エンデューロに初参加し「日高2Day'sエンデューロ」3位入賞/'93年からヤマハと契約し「日高2Day'sエンデューロ」で優勝。USA BAJA1000に出場するも残念ながらケガの為リタイヤ。しかしロサンゼルスで楽しい入院生活を送る。他にもエンデューロスクール、マーシャル、デモンストレーション等で活躍しながら、ヤマハ発動機販売(株)の普及活動、ライディングスクール藤沢スポーツランドの運営に協力/'95 「ISDE(インターナショナル6Day'sエンデューロ)ポーランド大会」に初出場し175クラス95位で完走/'96 「ISDEフィンランド大会」に出場し昨年同様日本人2名完走、125クラス46位でシルバーメダルを獲得。またアメリカ・ネバダ州で開催された「ペガスTOリノ」では5位入賞を果たす。/'97年、「ISDEイタリア大会」に出場し、125クラス86位でシルバーメダルを獲得/'98 WR400Fの普及の為、(株)プレストコーポレーション及びヤマハとライダー契約を結ぶ/'00 「ISDEスペイン大会」に出場、175クラス65位でシルバーメダルを獲得/'01からはWR250Fの普及の為(株)プレストコーポレーションと契約。またスポーツランドSUGOのオフロード部門に社員として在籍しSUGO 2Day's ENDURO などの運営に携わる/'06 初の日本代表チームとして「ISDEニュージランド大会」に出場、22カ国中15位、個人としてE1クラスで63位シルバーメダルを獲得