ホームプレまぐ! > 藤原広喜のエンデューロ参戦記

心機一転、Vega 月山

ぶっちぎる!
昨年まではHART in 月山で親しまれたネーミングから心機一転、Vega 月山としてリニューアル??なぜVegaかと言うと、こと座・おり姫で、古代より天帝の星として崇められ、特別な力を持つ星として信じられていて、なんでも今日8月3日は、年に一度このVegaが月山に最も真上に輝く夜で、皆さんと一年ぶりに再会し楽しい時間を共有する願いが、この大会名になったとのこと。

なんて素敵!

私の参加したレース名もVega 月山4時間エンデューロと、なんか神様に守られている様なレース。そんな良い感じがする。しかし前日の50cc2時間耐久レース名は、

“ん〜だべが月山50”

と、なんとも・・・・・・・・・・
まーその新たな素敵なイベントのVega 月山。恒例の前夜祭はというと、今回はなななんと、プロレスである。あのサスケ議員、サスケ先生率いるみちのくプロレスが来ちゃった。日中からウエイトトレーニングやら、リングでの練習やら、サッスケー!!いやいや、さっすがー!!である。我々はというと、日中からビールをぐびぐび飲んじゃったりして・・・これもいいよね?…たまにはね。

前夜祭

食券と引き換えに、いつも余ってしまう程の、ご飯付バーベキュー食材セットと、500ccの缶ビール3本。をいただき、ピット兼キャンプ場に戻ってくる。その頃にはほとんどのピットで炭に火を入れ準備は整っている。我々はと云うと、あっちのピットで牛タンをいただき、うろうろしていると、木古内でお世話になったと、馬刺しをいただきビールをグビグビ飲んじゃって。いや〜たまらんです。これがあるからやめられないんですね〜。そして今年も仲間が増えて、又来年の楽しみが増えるって訳ですよ。いいでしょう??Vega 月山。そんなこんなで、ご馳走になっていると、なにやら会場が騒がしくなって、いよいよみちのくプロレスの始まり始まりー!!
まずは前座なのかお笑い系のプロレスから始まり、少しずつ本物系になって行く。途中紅白を狙っているらしい、へタッピーな元レスラーの大物演歌歌手?までも登場。“これでいいのかみちプロ”なんて思ってしまう。
飽きたので途中また別の宴会会場に合流。焼き鳥やら、なんやらかんやらいただいて、

腹いっぱいだ〜〜〜。

そしてリングを見るとメインイベントの、6人タックマッチ!!あのサスケ議員も登場だ!!空中刹方から一通りの技を掛け合い、場外乱闘!!よくみんな怪我しないな〜、生きているのが不思議。これがプロレスだー!!などと、やっと満足して自分のピットにやっと辿り着いた。 そして近所の温泉に時間ギリギリに入浴。車の中で就寝となった。

6時起床。散歩がてらコースの下見だ。朝は少し早足での散歩がレース当日は良いらしい。現にというより、15年ぐらい前からMXでは当たり前のコンディションづくりとして、定着している。これは当時欧米から入って来た情報で、トップライダーたちのコンディションづくりということで、みんなやり始めたものです。同時にコースの下見もするので、一石二鳥ですね。その日のレースは絶好調!!間違いなし。

テレビ取材

この大会は山形テレビの30分番組として毎年放映され、今回も取材に来ている。私も毎度取材され、ちょっとした有名人になっているようだ。
どうもカメラを向けられると、何かしなければと思い、整備が終わっているバイクを触ってみたり、あらどーしようなどと困惑してしまう。いっそインタビューして欲しいけど……まっ何を言い出すかわかんないけどね。自分でも話していながら収拾つかず、なに言ってんだ俺!何てことしばしば。いやんなちゃいます。トホホ。

レース

ライダーズミーティングが終わり9時30分スタートだ。マーシャルが先導でのローリングスタート。とはいってもみんな殺気立っていて、怖い。

プルプルッ

「え〜皆さん。日章旗が振られたら端から順番にスタートですよ〜」とのアナウンスがあるも、日章旗が振られるとみんな待ちきれずにテープをブッチギリ全開ダッシュ!!役員さん大慌て。でもなんとか事故も無くスタートした様子だ。自分も、おいおい危ねーよ。などと言いつつ皆が行くもんで慌ててダッシュ!!ローリング中にもかかわらずバトル開始である。天気が良いものの、コースのあちらこちらで水溜りや、泥泥セクションが何箇所か有り、泥んこまみれになりながら、少しずつ抜いて行く。途中川で水没者もいて、半周ぐらいでマーシャルの後ろに付けた。マーシャルはベストラインを通る事が多いので、こう云うレースはマーシャルの後ろに付きたいものだ。でもSUGOで僕がマーシャルする時は、ベストラインは通らないけどね。

ッケッケッケ(笑)

そして1周しマーシャルが外れ、いよいよ本番スタートだ。今年はずーっとそうだけど、WR250Fにセルスタータが付いたもんだから、エンストを気にしなくて済むようになり、思いっきり走れるようになった。そして、はじめからブッチギッっちゃうことが多く、今回も1周目からチギッちゃいました。 今まではエンスト恐怖症で、エンジンの美味しい回転域を使うことがなかなか出来なかったが、セルが付いてからはそのエンスト呪縛から解放され、のびのびライディングが出来るようになった。不思議なもので、エンストもしなくなった。なんでだろう??のびのび走れるようになり、走りがよりスムーズになった様だ。最高!最高!絶好調!!思い起こせば5年前、400を乗っていた頃、

藤原さんの後姿“つまらなそう”等と言われて・・・・・・・

“大リーグボール養成ギプス”と自分に言い聞かせ…あ〜長かったなー。
今は楽しくて楽しくて。また今日もブッチギリの一等賞でした〜。わーい!!

ガルルの尻加重

その後、わが社SUGOで、ガルルの取材がありました。多分10月号9月初旬売りで16ページに及ぶ内容でエンデューロテクが掲載されます。
内容は尻加重!!笑ってはいけません!!非常に大事なんですから。
ここSUGOは東京ドーム50個分の敷地があり色んなセクションがあります。今回はその一部ですけど変化にとんだセクションでの内容になります。尻加重だけで16Pなんて、信じられないかもしれませんが、まー皆さん見てくださいよ。びっくりですよ。役に立ちますよ。尻加重。
それでは皆さん、また来…来…今度はいつかな?

藤原広喜プロフィール

1962年1月29日生まれ
岩手県一関市出身。'78 高校1年の時にミニエンデューロに初出場で初優勝!トライアルでジュニアに昇格/'82 にモトクロスデビュー/'83 全日本で2回優勝しノービスクラス東北チャンピオン/'84 全日本で2回優勝しジュニアクラス東北チャンピオン/'85〜'90 5年間で国際B級として東北チャンピオンを3回獲得。この間出身地に近い藤沢スポーツランド設立に協力/'91 国際A級昇格。エンデューロに初参加し「日高2Day'sエンデューロ」3位入賞/'93年からヤマハと契約し「日高2Day'sエンデューロ」で優勝。USA BAJA1000に出場するも残念ながらケガの為リタイヤ。しかしロサンゼルスで楽しい入院生活を送る。他にもエンデューロスクール、マーシャル、デモンストレーション等で活躍しながら、ヤマハ発動機販売(株)の普及活動、ライディングスクール藤沢スポーツランドの運営に協力/'95 「ISDE(インターナショナル6Day'sエンデューロ)ポーランド大会」に初出場し175クラス95位で完走/'96 「ISDEフィンランド大会」に出場し昨年同様日本人2名完走、125クラス46位でシルバーメダルを獲得。またアメリカ・ネバダ州で開催された「ペガスTOリノ」では5位入賞を果たす。/'97年、「ISDEイタリア大会」に出場し、125クラス86位でシルバーメダルを獲得/'98 WR400Fの普及の為、(株)プレストコーポレーション及びヤマハとライダー契約を結ぶ/'00 「ISDEスペイン大会」に出場、175クラス65位でシルバーメダルを獲得/'01からはWR250Fの普及の為(株)プレストコーポレーションと契約。またスポーツランドSUGOのオフロード部門に社員として在籍しSUGO 2Day's ENDURO などの運営に携わる/'06 初の日本代表チームとして「ISDEニュージランド大会」に出場、22カ国中15位、個人としてE1クラスで63位シルバーメダルを獲得