ホームプレまぐ! > 藤原広喜のエンデューロ参戦記

 第12回、12年目を迎えた今大会は、主催がHIROレーシングに変わり2年目となる。
 昨年は急遽主催者が変わったため、思うようなコースが出来なかったと言っていたが、今年はじっくり時間をかけたと見えてウッズが多い、休みどころがない…、とテクニカルコースになっていた。
 レース展開も昨年同様、石井選手が逃げてそれを私が追う形と、誰もが思っていたし、自分としても作戦的にはそうだったが…。

 スタート直後“石井転倒—!クラーッシュ!”その後、“藤原前方3回転半ひねりー!クラーッシュ!”

 …波乱のレース展開となったのだった。

pic

第1日目

ここ仙台は2月から雨らしい雨もなく、カラカラに干からびたコンディションとなっていた。田植えで田んぼに水を張るのも例年の2〜3倍水を入れないと溜まらないほどだ。
 こんな埃のときは、スタート勝負!と前回のリポートにも書いたが、自らその鉄則を破る事になってしまう。というのもスタートラインについて、ストップウオッチをスタートさせて、と操作していて

 あっ、2回押しちゃった。

 もう一度押し直して再スタート確認!よし!とか言っている間に、スタートフラッグが振られ、みんな行ってしまっていた…。ちょっとまずいよ今日は。

 いつもは周りの様子を見ながらの走行だが、そんな余裕はストップウォッチのおかげで全くない。ここぞとばかりバリバリ全開走行ー!ヨッシャー!どけどけどけー!ウリャウリャウリャー!とぶっ飛んでいったのだったが、何と2位以下僕までミスコース。とほほっ。

 ところがこれが、ストップウォッチの操作ミスから始まる悪夢の伏線となる。後方集団がコースミスから復帰する間に、ぶっちぎりでトップを独走しているはずの昨年の覇者、石井選手はクラッシュして戦線離脱。
 しかしそれを知らない私は、遙か彼方を逃げているであろう石井選手を焦って追いかけていた。コースミスによるタイムロスは何しろ大きい。どのくらい離されているか分からない見えざる敵、石井選手を必死に追うこの焦りが自らのペースを乱し、久々の大クラッシュへとつながってしまったのである。




 少しづつ、少しずつ、マシンとライダーがばらばらになっていく感覚は知覚していた。焦りがアクセルワークの無理を誘い、マシンを抑えられなくなっていく。頭の中でもは走りのイメージがどんどんネガティブになり、遂には怖ささえ覚える状態に陥り、集中力が途切れる。
 そこは別にどうって事のない下りだった。だがコースのど真ん中にあった石に集中力が途切れた全くの無防備のまま乗り上げ、対応する間もなく遥かかなたへ放り出されてしまった。




 十数メートルは飛ばされたと思う。肩から落ち、腰もしたたか打つというかなりのダメージで数分は全く動く事ができなかった。何とか息を整えて状況を確認すると、背中のプロテクターとキャメルバッグの間にハンドルが突き刺さっている。また足にもマシンが倒れかかっていて、かなり危険な状態だったのである。
 少しずつ体勢を戻してまずはキャメルバッグを外し、身体の自由を取り戻してやっとの思いで立ち上がり“ゥいゥでゥーよゥー”と唸りつつ、膝の上に手を突っ張りうなだれる。
 通るライダーに大丈夫?大丈夫?と声をかけられ励まされ、全然ダメなんだけど、OK!OK!と手で合図し返事をする。

pic

 何とかマシンを起こし、またがる。フロント周りがねじれ曲がっているが直す気力も無い。下りなのでカラカラ下り、クラッチ、デコンプレバー両方握り、ギヤを2〜3速に入れクラッチを離し、その後デコンプレバーを離せす。いわゆる押し掛けだが、これでエンジンは生き返ってくれた。
 放心状態のまま、ふらふらと走行。とりあえずピットに入ってそれから、走るかリタイヤするか決めようと考える。  何とかピットまでたどり着くも、ピットINを見逃し、もう一周回る羽目に。もううんざり。その周回でも股裂き転倒で股関節を痛めたり、もう散々。

 でも“以前もこんなことがあったなぁ…とふらふら走りながら思い出した記憶、それは石井選手に誘われBAJA1000へ行ったときの事だ。
 プレランで石井さんの後を追っていて、埃の中を無理に走り、結局バンクをジャンプ代わりに飛んでしまいクラッシュ!膝の皿をベンツマーク(3つに割れた)に骨折。しかし砂漠の中なので途中スタッフとの合流点まで150kmバイクで自走移動しなければならない。ギャップのたびに足がステップから外れ、その腿を手で持ち上げ、とその繰り返し。挙げ句の果てに放心状態のまま、立っていたサボテンにアタック!
 右半身サボテンの刺だらけ。そう何百本と刺さったのである。棘を取ろうとしても抜こうとするその手に刺さり、もう散々。ブーツからは血が溢れ出し、如何したらいいんじゃー!
 …そんなこともあった。あったなぁ。それからすりゃあ今回はかわいいもんじゃ。

 ハンドルとタイヤの向きが違うのに、慣れれば走れるんだなーなどとのんきに思いつつ、2周目は見逃さずに無事ピットINした。
 レースの状況を聞けば、大クラッシュを喫したもののまだ15から16位のポジションで、トップとは18分差との事。このまま走りきれば、明日も前列スタート可能ってことになる。
 体の痛みも徐々に取れてきたし、何よりポジションを聞いて気力を取り戻せた!よ〜しいくぜ!後半100分の走行開始!
 ピットでサスペンションのセッティングを変えたのが良く、少し楽しく走れるようになって来た。右股関節はまだ痛みがあり、轍などで右足を出す度転倒するも、それ以外は何とか思うように走ることができて、少しづつ順位も上げられた。
 転んでは抜かれ、抜いては転びを繰り返しながら、レースを捨てずに走りきることが出来たのは、我ながら立派である、と思う。結局周回数は違えど、ラップはされず、9位。トップと約14分差で初日終了!明日、何とかなるタイム差と思われる。でも前にいるメンバーが凄いからなー。
 今回、フロントタイヤにハードタイプムースを入れたが、これが思ったよりパンパンで空気圧で言ったら1.5以上はある感じだった。これをチューブに変え、エアクリーナーを変え、明日に備える。でも、腰、股関節、かかと、肩、痛みが増してきている。明日の朝の自分の体を想像すると…、ダ メ カ モ?

本日の反省
・スタート直前に時計をいじるな!集中しろ!
・マイペースを崩すな!無理するな!
・自分の体をいたわれ!無理するな!
・事前に、セッティングしろ!練習しろ!トレーニングしろ!

pic

第2日目

予想通り。カ ラ ダ ガ イ タ イ ! ウ ゴ カ ナ イ !

 とりあえず、スタートラインに着き、皆にプレッシャーを与えよう作戦だ!
 朝一でキックも踏めない状態なのでチーム員にエンジンをかけていただき、スタンディングに徹した走行をイメージする。体を動かしている内に、痛みはあるも、ほぐれて動くようになってきた。何とかなるかな?スタンディング!スタンディング!
 新品ウエアーに身を包み、ライダーズミーティングを待つ。昨夜降った雨のためにコースを大幅に変更するとの事で、スケジュールが遅れる。
 この間も休まずストレッチで体をほぐし、何とかスタート前にキックできるところまで回復してきた。そしてスタートライン1列目に。

 ストップウオッチをON(今度は問題なし)。いざスタート!

 まあまあのスタートが切れ、みんなのペースで走ることにする。結構いいペースである。ウッズや轍は極力スタンディングで乗り切り、ハイスピードな部分で勝負する。みんな焦っているのか、転倒者続出で、どんどん順位が上がって行く。
 が!今回は何かにとりつかれたかの様に、全て悪い方向へとなってしまう。
 林道で、前車の石がゴーグルとヘルメットの隙間から顔面にヒットしたのである。ジーンとして感覚が無くなり、生暖かい液体がドバーっ!と滴り落ちる。口の中からも血が!あーあ 本日終了。AXOの新品ウエアーも血だらけである。でもちょっとカッコイイかも?
 一周し救護室へなだれ込み、傷を処置してもらった。口の中も切っており、もう最悪である。ピットへ戻ってうがいがてら、貫通しているかどうか、チェックしたところ、頬から水が噴水の様にぴゅーっと出てきた。さながら大道芸である(笑い事じゃないのだが)。
 何度も消毒し氷で冷やし、レースが終わるのを待つ。レースの方は、昨日5分以上アドバンテージでトップだった三橋君が独走。それを追ってWR250F軍団、内山君と高橋君のバトルが続いている。柿田君は転倒かトラブルで落ちた様子だ。
 結局、三橋君が優勝。若さで内山君が2位。へろへろになりながら完全燃焼の高橋君が3位となった。

 いやーちょっとしたことで、なにもかもが狂って行き、こんなことがあって良いのかー!と叫びたくなるほど、ツイテいなかったなー。100年分まとめて不運ってな感じ。なにか悪いことでもしたかなーとか(したかも)、努力が足りないのかなーとか(足りないかも)、仕事で疲れきっていたしなーとか(忙しいんだもん)、原因を探っているところです。まっ!努力はしてなかったのは間違いないか…反省!
 まーほんと、こんなに悪いことが重なるときは重なるもので、開き直って厄は全部落としたぞって感じ。木古内はプレストチームの私、内山君、高野氏でチームエントリーしているので楽しみ。しっかり疲れをとって、マシンも体も万全で挑むぞー!おー!

 …その後、病院で頬を3針縫われた。
pic

今回のレースが終わって

エアクリーナーボックスカバー
"WRのエアクリーナーカバーは、装着するかしないかでキャブのセッティングが変わるが、埃のひどい日やオープンエンデューロで土、草、水などが入る可能性のあるレースは、カバーを付けておいた方が良いようだ。私はカバー付で、今回3位の高橋君は取り外していたのだが、エアクリーナーの汚れ具合が全然違っていた。
私のは明日もこのまま使用してもかまわない程度の汚れ、一方高橋君のは全体が詰まっていてもう限界。
モトクロスコースだけの場合は外したほうがパワーが出るので良いと思うが、それ以外ではメンテナンスを考えるとカバーを付けておく方がお薦めである。

サスペンション
このコースはハイスピードでギャップだらけ。サスペンションのセッティングが重要視される。特にリバウンド側を柔かめに振ってあげると、トラクション、喰い付きが良くなる。圧側は少し、ほんの少し硬めに握ると、良い感じになるコースだ。このコースは、他とは違うセッティングとなる特別なコースである。レース後、セッティングは元に戻そう。
今回のマシン仕様
・SUGOと同様 サスペンションセッティングのみ
破損パーツ
・ラジエター右側、シュラウド
・Rブレーキペダル Fブレーキレバー
・ハンドル、プロテクターなど

藤原広喜プロフィール

1962年1月29日生まれ
岩手県一関市出身。'78 高校1年の時にミニエンデューロに初出場で初優勝!トライアルでジュニアに昇格/'82 にモトクロスデビュー/'83 全日本で2回優勝しノービスクラス東北チャンピオン/'84 全日本で2回優勝しジュニアクラス東北チャンピオン/'85〜'90 5年間で国際B級として東北チャンピオンを3回獲得。この間出身地に近い藤沢スポーツランド設立に協力/'91 国際A級昇格。エンデューロに初参加し「日高2Day'sエンデューロ」3位入賞/'93年からヤマハと契約し「日高2Day'sエンデューロ」で優勝。USA BAJA1000に出場するも残念ながらケガの為リタイヤ。しかしロサンゼルスで楽しい入院生活を送る。他にもエンデューロスクール、マーシャル、デモンストレーション等で活躍しながら、ヤマハ発動機販売(株)の普及活動、ライディングスクール藤沢スポーツランドの運営に協力/'95 「ISDE(インターナショナル6Day'sエンデューロ)ポーランド大会」に初出場し175クラス95位で完走/'96 「ISDEフィンランド大会」に出場し昨年同様日本人2名完走、125クラス46位でシルバーメダルを獲得。またアメリカ・ネバダ州で開催された「ペガスTOリノ」では5位入賞を果たす。/'97年、「ISDEイタリア大会」に出場し、125クラス86位でシルバーメダルを獲得/'98 WR400Fの普及の為、(株)プレストコーポレーション及びヤマハとライダー契約を結ぶ/'00 「ISDEスペイン大会」に出場、175クラス65位でシルバーメダルを獲得/'01からはWR250Fの普及の為(株)プレストコーポレーションと契約。またスポーツランドSUGOのオフロード部門に社員として在籍しSUGO 2Day's ENDURO などの運営に携わる/'06 初の日本代表チームとして「ISDEニュージランド大会」に出場、22カ国中15位、個人としてE1クラスで63位シルバーメダルを獲得