ホームプレまぐ! > 藤原広喜のエンデューロ参戦記

約10年の歴史があるこのレースは3年ぶりの開催。心機一転と云うこともあって、評判高いSUGOでの開催となった。

毎回、外国人トップライダーを迎えてのイベントとして定着しており、今回もアメリカから、過去6回のUSAエンデューロやチャンピオンの実績を持つランディーホ・キンス氏が招待選手として招かれた。また、日本のトップエンデューロライダー及び、現役MXライダー、それもIA125昨年のチャンピオン始め、佐合選手、平塚選手、伊田選手、大塚兄弟などなどかつてのファクトリーライダーや、石井選手、三橋選手、ウイリー選手、内山選手、久々に田中選手、北海道から高橋選手などエンデューロのトップライダーが集結。これは凄まじいレース展開が予想され、ちょっぴり恐いくらいだ。

トップライダーの走りを見ようとギャラリーも大勢入場し、コースのあちこちで応援、凄い走りに溜め息を漏らしていた。私も前日ランディーのスクールにスタッフとして参加したのだが、彼の走りはとても速くそして…巧い。これには口をあんぐり開けて笑うしかなかった…。
しかし走行中の音、つまりギヤの選択やライン取りなど、忘れていたことや、新しく発見したことなどが数多くあって、今回のレースは新鮮な気持ちで望めそうだ。
レースは一斉スタート。くじ運悪く2列目のスタートとなった。いつものように一周目は様子を見ながらの走行。それでも10位ぐらいで、1台1台丁寧に抜いて行く。なんて言うと格好いいが、わずか半周で腕がパンパンに上がり、ガンガン走れない!しかし今回はチームのメンバーから頂いた、Jリーグの選手が使用しているらしい、というなにやら怪しい塗り薬を腕に塗っていた。これが効き始めてきたのが3周目。何やら腕は熱く火傷しそうな感覚だが、腕上がりは直ってきている。この頃からようやく体も馴染んでよく動く様になり、ペースを上げて行く。スタート後45分から1時間を過ぎ、他のライダーが給油している間にトップとなるまで、これはF1の様だなと思いつつ充実した気分で楽しんで走っている。
ガソリンが半分以下になると、軽いマシンがさらに軽く感じ、どんどんペースが上がって行く。1時間経過から給油までの30分間、ランディーホーキンスとの遊ばれながらのバトルとなり、ライディングスタイル、ライン取りなど、色々教えてくれた。いやーほんと楽しかった!  そして給油。が、F1で言えばここで大失敗!かなりの時間を費やし、5〜6位まで落ちてしまう。他のライダーはクィックチャージャーや、それに類した素早く給油できるシステムを使用し、数秒で給油を終えているのに比べ、こっちはホームセンターで売っているホースの口が細い赤タンクでとくとく給油しているのだ!さすがにこんなに時間がかかるとは思っていなかったので、ついつい焦って「早くしろ!」とメカニックに怒鳴る始末。彼らに罪はないのに…、この場を借りてごめんなさい!まぁウィダやヴァームなど、エネルギー補給が存分に出来たので、ヨシとしよう。

給油後は車重も増しているので少しペースを落とし走行。それにもかかわらずラインが逸れて、ハンドルを木に強打!転倒は逃れたものの、これでフロントブレーキレバーが曲がってしまう。いつもは人差指1本か中指との2本でかけているが、この状態では教習所スタイルの4本でないとブレーキがかけられず、とても辛い。そこであまりフロントブレーキを使わない走行に切り替え、新しいラインを探しながら走行。結構スムーズに走れるラインがあるもので、ラップタイムも変わらない程度まで挽回した。

こういうトラブルに備えてバークバスターを付ければとの声もあるが、私の周囲ではステアリング周りが重くなるのを嫌って、通称ヘラガードと言っているMXレースで良く見るタイプを好んで使用している事が多い。しかしレバーが曲がったのは今回が始めてのケースだ。
でもエンデューロでは途中の色々なアクシデントはつきもの、諦めず、前向きに考えることが大事だ。何事も経験、経験。

さて2時間が経過。ランディー以外はかなり疲れている様子で、全体のペースが下がって来ており、どんどん前がつまってくる。不思議なもので前が見えてくると疲れなんて吹っ飛び、俄然張り切りモードにチェンジ!  ラスト30〜40分で3位までポジションアップ、2位の佐合選手が目の前に来た瞬間、何とギアチェンジ不能!  シフトペダルを何かにヒットしたらしく、シャフトと結合しているスプラインが開き、シフトペダルは上下するもチェンジできない状態になってしまった。4速のまま半周走ってピットに戻り、応急処置するも修復は叶わず、やむなくギアを3速に入れ、3速キープで走行。ストレートではスピードが伸びない我慢の走行。ウッズではいつもより1速高いギヤとなり、クラッチへの負荷が心配だ。…でも待てよ、この排気音、ランディーの音と一緒じゃないか!これまでここは2速で走っていて「どうやったらあのランディーの走りが出来るのか?」と悩んでいたが、これだっ!これ!マスターしたよ、ランディー!!

偶然にもマシンが壊れたことによって貴重なテクニックをマスターする事が出来たわけだ。これは何よりも嬉しい瞬間だった!おかげで、ウッズセクションが速くなり、またまた2位に追い付き、ついに最終ラップ、ウッズで抜き、日本人では1位に!しかし焦っていたのか、周遅れの転倒に巻き込まれ、万事休す。しかも今度はリアブレーキにダメージが。マスターシリンダー周辺がグチャグチャになり、オイルが抜けてブレーキはスカスカ状態。最後は残る力を振り絞り、やっとのことでゴールまでたどり着くと言った感じ。いやぁ散々なレースだった。
それでも2位と数秒差、総合3位でゴール。後になって思い返せば悔しい、もったいないとなるのだが、いやいや、この状態でゴール出来たことは十分に素晴らしかった、と自分に言い聞かせ納得?!  ボロボロになりながらも、最後まで走り抜いてくれたWR250Fに感謝。

総合結果

1位 ランディー・ホーキンス YZ250F 2位 佐合 潔 CR250 3位 藤原 広喜 WR250F

エンデューロは、諦めないこと!リタイヤは簡単。ゴールしなきゃ!何があっても諦めず前向きに!今回だって、諦めず走り抜いたから、ランディーの走りが分かったわけだし、これからどうすべきか見えて来るわけだから、とにかく対処して無理しない程度に走り抜くこと。いいことあるし、今後につながるから。順位はどうであれ、ゴール後は、いつもと違う充実感と感動があるから。でもほんと丈夫なマシンだね。他のマシンならゴールにたどり着かなかったと思うよ。

今回のWR250Fの仕様(ノーマル以外のパーツ等)

  • プロテーパハンドル(転倒時のダメージを考えたパーツ)
  • トップクランプ
  • アシャルビスハンドルガード
  • YZ用サイレンサー(パワー、ピックアップ改善用)
  • ラジエーター電動ファン(雨、渋滞用。今回使用せず)
  • フロントタイヤ BS M401(一番の難所に合わせてチョイス)
  • リヤタイヤ エンデューロ用試作(とても良い。近日販売予定)

藤原広喜プロフィール

1962年1月29日生まれ
岩手県一関市出身。'78 高校1年の時にミニエンデューロに初出場で初優勝!トライアルでジュニアに昇格/'82 にモトクロスデビュー/'83 全日本で2回優勝しノービスクラス東北チャンピオン/'84 全日本で2回優勝しジュニアクラス東北チャンピオン/'85〜'90 5年間で国際B級として東北チャンピオンを3回獲得。この間出身地に近い藤沢スポーツランド設立に協力/'91 国際A級昇格。エンデューロに初参加し「日高2Day'sエンデューロ」3位入賞/'93年からヤマハと契約し「日高2Day'sエンデューロ」で優勝。USA BAJA1000に出場するも残念ながらケガの為リタイヤ。しかしロサンゼルスで楽しい入院生活を送る。他にもエンデューロスクール、マーシャル、デモンストレーション等で活躍しながら、ヤマハ発動機販売(株)の普及活動、ライディングスクール藤沢スポーツランドの運営に協力/'95 「ISDE(インターナショナル6Day'sエンデューロ)ポーランド大会」に初出場し175クラス95位で完走/'96 「ISDEフィンランド大会」に出場し昨年同様日本人2名完走、125クラス46位でシルバーメダルを獲得。またアメリカ・ネバダ州で開催された「ペガスTOリノ」では5位入賞を果たす。/'97年、「ISDEイタリア大会」に出場し、125クラス86位でシルバーメダルを獲得/'98 WR400Fの普及の為、(株)プレストコーポレーション及びヤマハとライダー契約を結ぶ/'00 「ISDEスペイン大会」に出場、175クラス65位でシルバーメダルを獲得/'01からはWR250Fの普及の為(株)プレストコーポレーションと契約。またスポーツランドSUGOのオフロード部門に社員として在籍しSUGO 2Day's ENDURO などの運営に携わる/'06 初の日本代表チームとして「ISDEニュージランド大会」に出場、22カ国中15位、個人としてE1クラスで63位シルバーメダルを獲得