ホーム > プレまぐ!
往復1,330km!TMAX530で八戸に行ってみた(後編)
TMAX530の試乗リポートとフォトジェニックな写真撮影、「プレスト試乗車キャラバン2012」取材に「八戸三社大祭」の制作現場見学と盛りだくさんのミッションを抱えてはるばるやって来た八戸。655kmを一気に走ったTMAX530 ABSと八戸の町、そして八戸三社大祭について、前回に引き続きお伝えしたい。
[弓削 時保:2012.7.13]

前編はこちら

ぎゃー!

山車の製作現場を見学(朔日町山車組編)

 翌朝、チェックアウト手続きを済ませ待ち合わせ場所の「たねいち酒店」前にジャスト9時に到着。待っていてくれたのは昨日のお客、「朔日町山車組」代表の目時さん。「バイクで行かれますか?では10分くらいですから、クルマの後ろをついて来て下さい」と先導して頂くことになる。

 道中市街中心部を抜けて行くが、実は昨夜ホテルにチェックインする前にこのあたりをTMAX530で流していて、その繁華なことに驚いていた。町には無数の飲食店が軒を連ねていて、たくさんの人がくり出していたからだ。八戸って何となく東北の落ち着いた静かな町、みたいなイメージを勝手に持っていたのだが、もう全ッ然違った。
 飲み屋も大きなホールから小さなスナックまで本当にたくさんあって、皆それぞれイイ感じの雰囲気を醸し出しており、何軒かちょいと寄ってみたい気持ちに駆られたが、如何せん8時間の連続運転の後でしかも昼抜きの空腹と来ている。ちょっとでも飲んだら絶対潰れる、と朝の待ち合わせを思い出し自重したのだった。
 あとで調べてみると、八戸は港町として栄え、さらに臨海部の工業地帯の展開により青森県下第2の規模を持つ都市なのである。ビジネスのための数多くのホテルであり繁華街であるわけだ。全くもって自分の不見識も甚だしい(恥)。
左:シマホッケの焼き魚定食! 右:路地奥の方だけど、こんなお店がミッチリとある!そしてメインストリートは凄い人出だった
 また八戸市内には40近い銭湯があってその半分以上が朝5時から営業している、と部屋にあったガイドに紹介されていたことから、5時過ぎに起き出して、ホテルに一番近い「ニュー朝日湯」にも行ってみた。
 大正時代の創業という「ヘルストロン温泉 ニュー朝日湯」は、大小浴槽に高温サウナ、薬湯、岩盤浴などがあって朝から地元の人たちでかなりの賑わいだ。たっぷり1時間ほど浸かってリフレッシュ完了。昨夜の晩飯を食べた地味な風情の定食屋のシマホッケの焼き魚定食もさすが漁港の八戸だけあって見事にうまかったし、すっかりこの町が気に入ってしまった。
左:手前の路地に立っていた看板がまたイイ味を出してる。 右:中は写せないから外観を。朝からやっているのは羨ましい!
 雨はまだ降っていたものの本降りではない。レインウェアは上のみ羽織った状態でTMAX530を走らせる。オーバーパンツにシューズカバーだと伺った先で脱いだりと面倒だし、何より腰下はTMAX530のプロテクションが良く効いていてあまり濡れないので大丈夫なのだ。
 出迎えてくれたのは、仕事をちょっと抜けてきた、と云う近藤さんと製作スタッフ。ご挨拶のあと、さっそく製作途中の山車を見学させて頂くが、細かいスチロールパーツの造り込みが凄いし、とにかく大きさに圧倒される。
 実はこの造形に使っているスチロールカッターは筆者の会社で製作しているもので、そのメンテナンスの対応で近藤さんとは何度かメールのやり取りがあったのだ。
 元々模型の造形や店頭POPの製作用だが、「山車の製作に使える!」とある山車組の製作責任者が使い出し、今では全27の山車組だけでなく周辺地域の祭りでも使われていると云う。
 例年、ぜひ祭りを観にいらっしゃい、と各山車組の方からお誘いを頂きながら行く機会を得られずにいたのだが、むしろ製作行程の見学が見られると云う意味では今回はぴったりのタイミングだったのである。
写真が小さくて分かりにくいが、写っている範囲で奥行き6mくらいか、それが全部発泡スチロールで凄い造り込み。
 近藤さんによれば、元々は竹を編んだものに和紙を貼って形を作る方式(ねぶたに近いのかも知れない)で、さほど大きなものではなかったが、発泡スチロールを使い始めたことから造形が急速に進化し、同時に山車の大型化が進んだらしい。
 現在は一定の規制があって、高さ・幅とも4.5m、長さが11mまでと決まっているそうだ。これは道路幅や電線による限界があるためだが、実は各山車とも「仕掛け」によって高さ、幅とも大きく展開するようになっている。ちょうど孔雀が羽を広げた時をイメージして貰うと分かりやすいだろうか。
 聞けば朔日町山車組も「中央にフォークリフトの部品を使ったリフターが設置され、高さは最大で11mくらい、幅も8mくらいになるかな、この大きく変形するのが三社大祭の山車の特長ですね」と、とんでもなくダイナミックなことになっている。
 しかも興味深いことに、八戸三社大祭は町内や有志など八戸市民の手づくりの祭りなのだ。ねぶたもそうだが「プロ」の製作者がいる他所の祭りとはこの点が決定的に異なる。一時「はちのへ祭り」と名を変えて観光主体の祭りになりかけたこともあったが、「本来の神社主体の祭りであることが忘れられ、観光目的のみの祭りになってしまう。」との声で名称が元に戻されるなど、「観光資源」と称して興行的になっている祭りもある中で、地域に根ざしたスタンスを守り続ける、これは珍しいケースではないか。
 目時さん、近藤さんをはじめまだ他にも興味深いお話をたくさん伺ったのだが、紹介しきれそうにないので残念だがここでは割愛させて頂き、次の「青山会山車組」へは近藤さんに案内して頂くこととなった。
左:確かに元はスチロール板なのだ。 右:取材させて頂いた面々。一番右が近藤さん。

フル操業の鉄工所にしか見えない「青山会山車組」

 近藤さんに案内されて着いた製作小屋はテント張りではなく、工場の様な本気でハードな雰囲気。入口では凄い勢いでバチバチとアーク溶接をやっているし、何故鉄工所に山車が?と思うくらいだった。
 紹介された若き製作責任者、吉田さんはまだ20代。「青山会は町内だけでなく誰でも自由に参加できるので、近所の子どもたちから県外から通って来るメンバーまで様々です」という。
 昼間は大掛かりな作業を、夜は周囲の迷惑にならないよう、スチロールの加工など音の出ない作業と分けて行なっていて、「ちょっと遅れ気味なので、昨夜も深夜2時過ぎまでやってました。」と笑う。しまった、むしろ昨日は寝ないで見学に来るべきだったかも。
 山車を見学させて頂くと、去年使った部品だと云うスチロールの造形物が周囲の壁に整然と吊り下げられている。今年のテーマに合わせアップデートして取り付けられるのを待っているのだ。すでに取り付けられたスチロール版の透かし彫りもこれまた細密だ。
左:外観は全くの鉄工所。実際溶接の火花が散っていたり…。 右:が中を覗くとこんな龍がいたりする。
 「この製作小屋のすぐ先まで津波が来たんですよ。クルマは流されて行くし、すぐ先は水に浸かってここも危なかったんですがギリギリ難を逃れました。」
 気が引けてそれまで訊くことがなかった去年の大震災についても、吉田さんから伺うことができた。馬淵川の土手のすぐそばにあるこの青山会山車組の製作小屋は、本当に危機一髪だったのだ。
 ちなみに27ある山車組のうち1つだけ、「八戸市職員互助会山車組」の山車小屋が津波に襲われて、壊滅的被害を被ったのだが、メンバーの頑張りと26の他の山車組の協力により、去年の三社大祭にも欠けずに参加している。
 今回、時間がなかったこともあるが「被災地」としての八戸は見ないつもりで沿岸部へは足を運ばなかった。物見遊山で見に行くべきところではない、と思ったからだが、この祭りの準備の熱気を見る限り、不屈の闘志で溢れているのは間違いなかろう。
左:仰ぎ見ると大きな鳳凰と龍のレリーフ。こういったものがたくさんある。 右:製作責任者の吉田さん。突然すみませんでした。

戻った「鍛冶町山車組」で見たスゴ技

 突然の訪問に驚きながらも歓待してくれた「青山会山車組」の皆さんにお礼を述べて後にし、昨日訪れた「鍛冶町山車組」に再び向かう。朝方残っていた雨はすでに止んで薄日が射し始めている。このまま天候が回復するなら午後のYSP八戸さんの試乗会も大丈夫そうだ。
 「格納庫」に着いて中を覗くと、たくさんの人たちが山車の製作にかかっている。年配の男性から小学生の女の子まで、世代も広い…。
 その中で昨日はご不在だった鍛冶町附祭若者連の山車製作責任者の下崎さんにお会いすることができた。改めてご挨拶して製作中の山車を見学させて頂く。
 昨日も見ているのだが、改めてシャッターを開けてみせて頂いた山車正面は、「鬼」の顔面の造形が見事だ。大きさと立体感、そしてその表情。「これは…こっ怖えぇ〜!」と心の中で思ったほどの迫力である。
左:わざわざシャッターを開けて頂いた。左端の子供と比較すれば大きさが分かると思う。 右:デカいもんだから迫力が…うわぁ,怖えぇ!
 そして、これは前の2つの山車組でも感じたことだが、全体の造形のダイナミックさと他方細部の造り込みの細かさが絶妙だ。塗装も工夫が凝らされ、どう見ても発泡スチロールとは思えない。
 だいたいこうした山車で発泡スチロールを使う例は聞いたことがないのだが。

 「八戸では40年くらい前から発泡スチロールが使用され始めたのですが、ここ10年ほどで細部の加工にヒートカッターを使う様になってから作業性は飛躍的にアップしましたし、仕上がりも格段に良くなりました。」

と下崎さん。確かに薄いスチロール板を透かした飾り金具や、龍の細かい鱗の表現は、ヒートカッターを作っているこちらも想像しなかった使い方だ。
 今年のテーマに向けこれから補修していく段階なので、傷ついたり加工途中の部分もたくさんあったが、敢えてそのまま写真を使わせて頂くことにも許可頂き、大感謝である。
 そうこうするうちに「まかない飯ですけど、一緒に食べて行きませんか?」とお昼ご飯に呼ばれることとなった。

 「いつもは我々(オジさんたち)が作るけど今日は婦人部のお手伝いがあるから美味しいですよ。」
 「今日は山で採って来た山菜やキノコが入っているからね!」
 「夜まで作業して、終わって皆ここで飲んだりね(笑)。」

 頂いたご飯と汁は、厚かましくお代わりさせて頂いたくらい、ホント抜群に美味しかった!
 隣のテーブル(作業台)には子どもたちが集まっている。なるほど、奥では子どもたちが細かい作業の手伝いをしていたんだ…。こうやって次の世代に引き継がれて行くのか…。
 祭りが近づくと次第に追い込みがかかって大変なのだそうだが、皆何とも楽しそうで話を聞いているこちらまで嬉しくなってしまう。
左:ご飯炊けたぞ〜、と皆で支度を開始! 右:こちらのテーブルには子どもたちが。立派な製作の戦力だ!
 ところで訪問した3つの山車組それぞれに、今回の八戸に来た目的であるバイクショップの試乗会の取材の話を説明したのだが、「ああ三浦輪業さんとこ」「三浦さんのところに…そうでしたか」と、一様にすんなり名前が出て来る。何なんだろうこれは?ひょっとして土地の名士か、凄い有名人?
 東京に戻ってからネットで検索してみると、「三浦輪業商会 」を紹介しているホームページを見つけた。そこの話を要約すると、昭和の初めに初代が自転車屋を創業し、ヤマハがバイクを発売する頃にヤマハの販売店となって、青森から岩手にかけて二輪車・船舶と三代にわたり手広く活躍して来たというお店だったのだ。そりゃあ殆どの八戸男性なら知っていて不思議はない。やっぱりちゃんとアポ入れてお話を伺えれば良かったのに、と改めて後悔することとなった。
 この後もたくさんの話をして、八戸三社大祭についての取材は終了となった。「ぜひ本祭も見に来て下さい。」と云われたが、う〜ん往復1,300km…、大変だけどこれは完成した姿は見たいぞ…(悩)。
左:今回の山車の完成図。でも小さくて分からないな、詳しくはホームページへ! 右:鍛冶町若者連山車組の皆さん。後ろのバンダナの方が下崎さん。