![]() ![]() 突如イタリア・ルネサンス。前ページ煉瓦造りテラスの上にある。
この構造物は「露壇」と云ってイタリア・ルネサンスの庭園様式で使われるテラスのことだそうで、昭和3年すなわち大塚公園開設の時に作られ、老朽化したものを平成元年に復元した、と説明がつけられている。
テラス…なるほどね〜と思うのだが、最下部にあるこれは何だろうか?これは露壇の構成物の1つである壁から水で出てくる壁泉の跡ではないかと思うのだが、疑ってかかるとアーチ状に組まれた石と煉瓦の組み合わせからポータル、トンネルの入口に見えなくもない。
壁となっている部分はコンクリートで後から塞がれているので、その塗り込め感がますますアヤしげに思える。
![]() 左:手前の看板が触れられるのを拒んでいるかの様だ。 右:塗り込められた入口じゃないのか?
露壇はこの様な傾斜地に作られるので、これがポータルで中にトンネルがあったとすると真っ直ぐ進めばこちら側が低くなっている分、向こう側に見えるマンションをくぐって春日通りの地下に到達するはずだ。違うとは思うけれど…魅力的だ。
上部のテラスにある塀も、何とも妙な印象を受ける。御茶の水にあったトマソン物件、旧三楽病院の無用門みたいだ。でもこちらは塗り込められたものではなく裏を見ると元からこういう装飾が施された形であったようで、それがまた何とも違和感アリアリで気持ち悪くも面白い。キモしろいってかね。
![]() 左:扉に見えるがただのくぼみ。落書きを消した跡が痛々しい。 右:裏を見るとただの壁だった。でも何かの配電盤が付いている。
![]() 左:公園見取り図。露壇前の自由広場は結構広さがある。 右:そしてその地下にはどうやら大きな貯水池が存在している様だ。 ようやく終点に到着
新大塚駅を過ぎると道は右に緩やかにカーブを描きながら、JR大塚駅に達する。南口の都電荒川線ホームの手前くらいが、この追跡の終点ではなかろうか。
![]() 左:新大塚駅前。春日通りは左斜めに延びている丸ノ内線に沿って左に曲がる。 右:直進すると道が広くなり、JR大塚駅に至る。 ここには中央にグリーンベルトのある妙に広い空間がある。都電の線路跡かとも思ったが、茗荷谷方向からの都電は真っ直ぐ荒川線近くまで寄って来てそこで終端となっていた。荒川線と線路がつながっていないのは昭和17年に東京市電となるまで、別会社の路線である王子電気軌道だったからで、いずれにしても鉄道のセンはなさそうだ。
上から見ると物凄く広い道路の一部みたいなのだが…。 拡大地図を表示
グリーンベルトの先には山手線からも良く見える「パチンコひょうたん島」のビルがあり、その横の小道の先は大塚三業通りと呼ばれるかつての花街だったから、その入口として広場が設けられたのかも知れない。そしてその広場の下には秘密の地下鉄新宿線の終着駅があったのかも。数々の軍事拠点を結んで来た地下鉄新宿線の終点がなぜ大塚駅なのかはナゾなままだが…、あれ?まさか花街が目的じゃないよね?!
![]() 左:都電の線路は前方のトラックの位置くらいでプッツリと終わっていた様だ。 右:ナゾのスペース。上下3車線分と中央に緑地帯がある。長さは50mくらいか?
とまぁあれこれ拾ってアヤしがるのはここで終了。バイクで走れば軽く流しても20分とかからない距離だが、気を付けて見てみると歴史的・地形的な面で色々興味深いことを見つけることができたのが純粋に楽しかった。
今回の追跡は、某社の別のマシンで走った(多忙によりFZ750は今だステアリングの修理が終わらず)のだったが、走っては止まり、止まっては写真を撮ってまた走りを繰り返していたらオーバーヒート気味になった挙げ句、温度センサが壊れてラジエータファンが回りっ放しになってしまった。もっと小型のYP125FIとかXTZ125でやれば、もっとフットワーク軽く快適にやれたと思う。欲しいと思っているのだが、ピンクナンバー。
正直な感想としては、やはり秋庭氏の主張は論理的な根拠が乏しく「妄想本」の域を出ていないと思う。無理矢理説明をつけようとするから逆に話が破綻してしまっているのだ。実際ひどく読みにくく、何度読み返しても意味が分からない部分がある。
しかしそうした妄想がかった話でも、それを一種の「補助線」として自分の走る道を地図で追ってみると、例えば後楽園周辺には他にも「春日通りの真砂坂を下る際の途中の折れ曲がりを真っ直ぐ進んだとすると後楽園駅から牛天神下に通じる道と一致する」とか「春日通りの東京都戦没者霊苑の折れ曲がりを真っ直ぐに進んだとすると、安藤坂下の道と一致する」とか、元々通すつもりがあったのかも知れないが不思議な符合があってやっぱり「あれ?」と思えたりする。そうした隠れた意思というか意図を、いつもと違うちょっと斜に構えた視点で怪み、実際に行って自分の目で見て確かめる作業が良い。それはモーターサイクルは最高の道具だということなのだ。
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