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幻の?地下鉄
日本の首都である東京は古くは太田道灌、徳川家康によって拓かれた江戸からの、かれこれ500年以上の歴史がある都市だ。その歴史の中には表に出て来ない裏の歴史や都市伝説など、色々と想像力をかき立てられるものがある。

[弓削 時保:2007.12.8]
東京の道を流して走るのは楽しい。

検証とか難しいことは抜きで

ここ2年ほど面白がって読んでいる話に江戸や東京の地下を探る話がある。江戸時代には江戸城から外に秘密の地下道があったとか聞いたことはないだろうか、その手の話の発展版で、秋庭俊というジャーナリストが「帝都東京地下の謎」などの題で何冊か本を出しておられる。要は東京の地下には政府や旧軍部が築いた一般の国民が知らない秘密の地下道が巡らされている、という話だ。
僕自身はそういう物があったとしても首都機能を考えればごく当然だと思うし、著者の秋庭氏が云われる様に全て明らかにしなくても良いとも思う。歴史はその後も絶え間なく続いており作戦は続行中であるからだ。
全体で云うと目の付けどころは面白いが論理の飛躍と説明不足が多く、「それはないだろう?」という様な結構突っ込みどころ満載な本であり、ネットで調べても評価は妄想ライターなどと相半ばするのだが、そういう論理の飛躍とか検証とか難しいことは抜きで、謎をナゾとして怪しがって楽しむことを今回はしてみた。全然、ついて来られない人もいるかと思いますがご容赦ください。

幻の地下鉄"新宿線"って何?

秋庭氏の「写真と地図で読む!帝都東京地下の謎(洋泉社MOOK)」によれば、1919年(大正8)に東京高速鉄道に東京市に免許申請した日比谷公園に地下鉄の駅を作る計画がそれで、一旦東京市議会は不許可の決議をしたにもかかわらず、当時の内務省がそれをひっくり返す地下鉄路線網計画を告示して市議会の面目丸潰れ、と云う混乱があったそうだ。当時の新聞でも報じられたとのこと。
で、この計画線というのが、東京市に東京高速鉄道が提出した「東京高速鉄道計画概要」に載っているのを書き写した下のこの地図の赤い線だ。見るからに怪しいのは最初に出て来た「日比谷公園の駅」で、この計画図では変更が入っている。黒いコの字型の建物は当時の海軍省で、その真ん中に駅がある。現代なら市ヶ谷の防衛省のド真ん中に駅があるようなもので、そんな鉄道一般人に乗り降り出来るとは確かにちょっと思えない。
結局この地下鉄は作られなかったことになっているが、軍専用として実は作られていて一部がほぼ同じルートを通っている丸の内線に転用されたのではないか、と秋庭氏はこの本の中で述べている。
これ以上の詳しい話は書店で買うか立ち読みして欲しい。ここではその詳細はどうでもいい。あった"つもり"でそれを追っかけてバイクで走り回るのが目的だから。
東京高速鉄道計画概要に載っている地図を書き写してみた。総武線はまだなく、秋葉原ー神田間も線路が繋がっていない。

時間経過も追いかけたい時には古地図を参照

最近はこうした追跡には絶好の、Googleマップの様な精細で超使いやすいサービスがあって楽しいのだが、現在の姿だけでは分からない事は多々ある。
そこで手に入れておいたのが、国土地理院が提供している旧版地図だ。明治42年から始まる時代ごとに改訂される以前の地図の閲覧とコピーができる。各地方にそれぞれ地方測量部があるのだが、東京は九段南1丁目の第2合同庁舎に「国土交通省国土地理院 関東地方測量部」としてある。閲覧は自由でズラッと並んだパソコンで求める旧版地図を検索・閲覧することができる。以前僕は国土地理院がまだ大手町の合同庁舎にあった頃によく行っていて、当時は旧版地図は全てマイクロフィルム。閲覧は引き出しからフィルムを出して貰い、専用ビューワーで見ていた。ちょっとこない間に凄くハイテク化されていて嬉しい。
左:あまり関係ないけど、官庁だけあってちゃんと二輪の駐車スペースが用意されていた。 右:第2合同庁舎9階の測量成果閲覧所
目的の物が見つかったら申請用紙にファイル番号を書き、1枚あたり500円の印紙を貼って出すと大判のコピーが貰えるのだ。今回は戦前と戦後で4枚(明治42年、昭和5年、昭和12年、昭和31年)の地図を購入しておいた。


あとこれとは別に、国土地理院では全国の空中写真閲覧サービスを試験公開していて、終戦後にアメリカ軍が撮った航空写真が見られたりするので、覗いてみると好きな人には楽しいと思う。

左:でこんなのがズラッと並んでいて閲覧することができる。 右:終わって出て来たらもう完全に日が暮れていてこんな写真に。