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YZF-R1との日々
昨年末 ’07 YZF-R1に試乗したとき、私は心を揺れ動かされる心境に至っていた。それはスタイルから受けるインパクトだけでなく、実際にコイツと過ごすバイクライフが具体的にイメージとして沸いてしまったからだ・・・。それは以前の試乗記事の最後に触れている「この娘(こ)なら・・・」というフレーズに凝縮されているが、要するにサーキットでのスポーツライディングに最も適したアイテムであり、意のままに操る楽しさを最高のポテンシャルで味わうことが出来る → レースへの誘い(いざない)?として心が躍ったのだった。【Vol.1 | Vol.2 | Vol.3

[難波 恭司:2007.11.17]
サーキットデビュー。

☆きっかけはこの娘

私が過去最後にロードレース参戦したのは ’98 WGP500 ドイツ・ザクセンリンク。
チームはヤマハファクトリーの「TEAM RAINEY」で、ジャン・ミッシェル・ベイル選手の代役だった。その年は日本、マレーシア、スペイン、イタリア、そしてドイツと5戦ほどグランプリ参戦のチャンスを与えてもらい、日本GPでは予選2番手、決勝も5位でチェッカーを受けることが出来、今では良い思い出となっている。
10年前のnanba。
その後も初代YZR-M1まではテストコースを走っていたが、レース参戦はしていなかった。ここ最近では数々のバイクユーザー達とツーリングしたり、時にはライディングスクールの講師など様々な形態でバイクライフを楽しみ、そしてバイクのある生活スタイルを提案してきたりもしていた。その中のひとつに「みんなに上手くなってもらいたい」という思いを伝えるため、「もっとサーキットを走ろう!」と散々誘ってきたのだが、良く考えると自分が走っていないじゃないか?という事にも「薄々」気が付いていた・・・。
そんな時「この娘」に出会った。それは自分がレース人生で最高のマシンと感じた’02 YZR 500(最終型) のイメージとシンクロし、それがストリートからサーキットまで許容するバイクであることから、自分のバイクライフを最高のパートナーと過ごせる喜びとして具現化できることだった。
左:まずはナンバー付のまま。 右:いよいよ…。

☆行動開始

今年に入り、いよいよ本格的にプロジェクトを開始した。まず何よりサーキットライセンスの取得だ。当然だが生活圏からあまり遠いサーキットでは意味が無いので、近場で気軽に行ける距離にあるサーキットとして富士スピードウェイ(Fisco)と鈴鹿サーキットを選んだ。富士の場合は仲間達とライセンス講習を受けたが、鈴鹿の場合は以前のライセンス・データが残っており、簡単な説明程度で再取得が可能となった。さぁこれで練習開始!
まずはウインカーやバックミラー、もちろんナンバープレートまで付いたストリートバイクでスタート。この娘をもっと良く知り、そして自分なりの好みにしていくためジックリと対話しながらの走行で、エンジンもほぼ新品なので慣らしから。最初の30分を終え、エンジンオイルとオイルエレメントを交換し、次はタイヤもハイグリップへと交換した。初回はここまで。サーキットを楽しく走るためには・・・と色々なアイデアも沸いて来たので、次回の走行に合わせて少しずつ手を加えて行くこととした。
すると「どうせやるなら」と、市販車である「この娘」を最低限の変更で、タイヤも溝付きハイグリップ・タイヤというレース用いわゆる海外で盛んなカテゴリーであるST1000仕様に仕立て、地方選手権のJSB1000クラスへ参戦してみたい!という野望が思い浮かんだ。相手はエンジンも改造ができ、タイヤもスリックタイヤというカテゴリーに「 ’07 YZF-R1 ST1000仕様でチャレンジ・プロジェクト」。そう思い立ったら実行したくなるのは私の悪い癖・・・。そもそも海外ではストッククラスのレースが主流で、各国のナショナルレースでは大変盛り上がっていることから、日本国内でももっと参加しやすいクラスとしてST1000クラスの可能性を探りたかった事でもある。それはこの娘のポテンシャルの高さを私自身が実感していたからこそ。
左:スプリング交換など繰り返す。 右:ウォーミングアップ…。