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イレギュラーな旅人

タンデムツーリングに行ってからもう早いもんで2ヶ月経つ訳ですが。
池田そんなに経ちますか。
ずっとリポート連載しながらなんで、まだ記憶が鮮明なんですよ。ってかまた行きたい。
池田行きたいね〜会津、よかったね〜!
いやほんと。しかも今回は非常に妙な経緯で行く事になったからね。
池田私としては大変なラッキーでした。
元々はちゃんと旅して頂く人を用意していた訳ですよ。某団体課長のN中さん。
ところが急に仕事で出張が入って、土壇場で行かれなくなってしまって、そこからが大変だった。
池田その人、悔しがってるね、この連載読んだら。
多分ねぇ。ま、また機会があればね、ご協力をお願いしようと思っていますから。
で、まぁとにかく色々な人、某オーナーズクラブのM崎会長とか、メンバーのK林さんとか声かけまくったもののスケジュールが合わずで、我々になったわけだ。
池田結果的に40過ぎの兄妹ってのもね、普通なら法事でしか顔合わせないような組み合わせ。
読んだ人も「何でこの人たちが?」と思ったのではないかと。とにかくそういう経緯だった訳です。

高速道路初タンデムの印象

私自身高速道路のタンデムは初めてだったんだけど、ましてそちらは…。
池田バイク自体何年ぶりってな位で、しかも高速の2ケツでしょ、最初はやっぱり妙な違和感がありました。
池田料金所でドキドキしちゃった、何か悪いことしてるみたいで。
東池袋の料金所を過ぎると本線を跨いでぐるーっと回って降りていくじゃない。
「いいのかオイ?」とか思いながら走りました。
池田わかる気がする。
でも東池袋ランプから入って板橋本町くらいまでですぐ慣れた。
入るまでの方がドキドキしたけど走ってみるとかえって楽。
池田そうね、信号だの歩行者だのに気を使わないからね。
池田ゆったりのんびりならお薦めできますね。
高速道路ではあまり後ろに人を乗っけているという感覚を強く感じなかったんだけど、後ろはどうだったんだろうか?
池田自分で運転してない違和感があったね。
違和感が解消できたのはどのあたり?
池田東北道に入ると道も広いしまっすぐだし、ちょっと緩むじゃない?その辺でバイク乗ってるのを忘れるような感覚があった。
池田前傾のバイクばっかり乗ってたからさ、こうふんぞり返るような姿勢がバイクっぽくなくて。
池田昔、ツーリングって言うとバイクに乗ること自体が目的だったじゃない。
うんうん。
池田今回は景色見たり、ツーリングと言うより旅って感じはしたね。
路面しか見ない様なツーリングが多かったもんな〜(^^)。
池田主体が旅で、バイクはツール。今までは逆だったけど(^^)。
その意味では我々にとってバイクを再発見したと言える。走らせていて余計な緊張感を感じないからね。ゆっくりで楽しいじゃないって思えるバイクだったよ。
池田バイクに乗らない奥さんにバイクの良さをわかってもらおうとかそう思ってる人にはこういうゆったりしたタンデムツーリングはいいね。

タンデム走行について
高速道路の二輪車タンデム利用が解禁されたことは、今さらながら本当に良かったと思う。ちゃんとした装備を整えてという前提は当然として、とにかく「楽」で「安全」。
今回は本当にえらい久々のタンデム走行だったが、振り返ってみれば高速道路に入るまでの一般道の方が緊張していたくらいだった。モーターサイクルはある程度のスピードが出ていないと安定しない乗り物だから、100km/h程度の安定したスピードで走ることの何と快適なことか。XVS1300Aにとっては、四輪車を含めた全体の流れに乗るのがちょうど良い感じで、その意味でもリラックスしてタンデム走行を楽しめた。
最近の警視庁の発表でも二人乗りによって事故が増えたりはしていないそうだし、もっとどんどん利用したい。

会津がこんなに魅力的だったとは…

我々は子供の時に会津に行った事があったんだよね。
池田親戚がいたからね。
でもこんなに深く、魅力的な町だったなんて全然知らなかった。
盆地で暑かった、蒸気機関車が見られた、夜ライトアップされた鶴ヶ城を見に行った、くらいしか記憶がない。
池田2番目のが古いねどうも。
会津の歴史についてはもちろん知ってはいたんだけれども、飯盛山はなかなか衝撃的でした。
池田何しろ今回色々なところで話を伺えた方々のほぼ全てから「戊辰戦争」の単語が出てきたのには正直驚いた。
飯森山自体、ホント昨日か今日の事の様にお線香の煙が絶えないことに、会津の人がどれだけ白虎隊をはじめ、戊辰戦争で討ち死にした女性や少年兵、そして自刃した武家の女性たちなどへの思いを見た気がしました。
今回の旅をコーディネイトしてくれたカメラマンの鵜澤センセイに「まずは飯盛山に挨拶に行っとけ!」と言われた訳ですが。
池田いやホント行って良かったです。